湾岸アラブ諸国と石油の出会いに関する歴史考察―バーレーンとフランク・ホームズ大佐

こんばんは。今日も私の記事を訪問してくださりありがとうございます。

 

さて、中近東あるいは湾岸アラブ世界と聞いて、真っ先に思い浮かぶものは何でしょうか?

 

恐らく、多くの方が石油のことを思い浮かべるのではないかと思います。その一方で、湾岸アラブ世界でいつの時代に、どのような社会情勢の下で、誰によって石油が発見されたのか、そして発見された石油によって湾岸アラブ世界がどのような恩恵を受けたか、ご存知の方は意外と少ないのではないでしょうか。

 

また、湾岸アラブ世界では石油大国としてサウジアラビアの存在があまりに突出しているので、他の国々での石油の発見の経緯や石油による恩恵について、ご存知の方は少ないのではないかと思います。

 

というわけで今回は、湾岸アラブ諸国と石油の出会いや石油発見による恩恵についてご興味のある方向けに、バーレーンとフランク・ホームズの出会いについて、歴史考察の記事を書かせて頂こうと思います。

 

 

湾岸アラブ諸国で最初の油田が発見されたバーレーン

 

湾岸アラブ諸国が近代化を成し遂げられたのは、石油の恩恵によるところがかなり大きいと言えます。世界最大の産油国であるサウジアラビアに比べると存在感が薄くて見落とされがちですが、湾岸アラブ諸国の中で最初に油田が発見され、操業化されたのはバーレーンです。

 

石油によって近代化を遂げたバーレーンの首都マナーマの光景。

 

油田が発見されたのは1932年6月、発見したのは通称ソーカルこと、アメリカの国際石油資本であるカリフォルニア・スタンダード石油ですが、この発見に大きく寄与したのは、ニュージーランド出身のフランク・ホームズという人物です。

 

 

バーレーンの油田発見の功労者フランク・ホームズ大佐

 

フランク・ホームズが中近東に初めて直接関わったのは、第1次世界大戦後の1920年。イースタン・アンド・ジェネラル社の設立を支援し、現在はイエメン共和国の港湾都市であるアデンで、薬局を開業したことが彼と中東との直接の関わりの始まりでした。

 

しかし彼の実際の関心は、第1次世界大戦に陸軍将校に従事していた時から関心を抱いていた石油でした。陸軍で大佐の肩書を持っていたためか、第1次大戦後に民間人に戻った以降も、彼はフランク・ホームズ大佐と、大戦時の肩書を付けて呼ばれることが多い人物です。

 

 

水資源開発と一緒に石油利権を得たホームズ大佐

 

1908年でのペルシャ湾での油田の発見や、それに伴うアングロ・ペルシャ石油会社の動向に強い関心を持っていたホームズ大佐は、サウジのサウード王家やクウェートのサバーハ首長との交渉に従事します。サウジでの交渉は当時の保護国であるイギリスの警戒もあってうまくは行きませんでしたが、そんな中で彼が特に関心を抱いたのが、サウジの沖合に浮かぶバーレーンでした。

 

当時のバーレーンの首長は、石油には何の関心も抱いていませんでしたが、一方で首長は、恒常的に不足している水資源の開発には強い関心を示しました。そこでホームズ大佐は、バーレーン各地での水脈の探索、井戸の掘削と引き換えに、石油開発の利権を首長から与えられました。水資源開発で多額の報酬を得たばかりか、石油利権まで手に入れたのですから、まさに一石二鳥と言えるでしょう。

 

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油田の発見で天然真珠産業依存から脱却したバーレーン

 

ただし、彼自身による油田探索の結果は、残念ながら芳しくありませんでした。イースタン・アンド・ジェネラル社と彼自身の生活が極貧に陥る中、彼はイギリスやアメリカ、アングロ・ペルシャ石油と交渉し、石油利権を売却しようとします。それにソーカルことカリフォルニア・スタンダード石油が興味を持ち、1932年6月、ソーカルはついにバーレーンでアラブ世界で最初の油田を掘り当て、操業化することに成功しました。

 

石油が発見されるまで、バーレーンは主要産業の多くを天然真珠に依存していました。しかし世界恐慌の始まりや、日本の御木本幸吉によって養殖真珠の開発が成功したことにより、バーレーンの天然真珠産業は大打撃を受けることになります。絶妙的なタイミングでこれに取って代わったのがまさに奇跡的とも言える油田の発見と石油産業の発展だったわけで、国の発展は何が左右するのか全く分からないものです。

 

今なお天然真珠産業時代の色合いが強く残るバーレーンのムハッラクの街並み。

 

ムハッラクにある、世界遺産にも指定された真珠商人の住居。

 

 

石油依存脱却と産業多角化を目指すバーレーン

 

アラブ世界で初めて油田が発見、操業化され、大きな近代化を遂げたバーレーン。ただし確認された埋蔵量は少なく、生産量も70年代のピーク以降は減少し、現在は1日20万バレル前後にしか過ぎません。サウジアラビアの870万バレル/日やクウェートの200万バレル/日に比べると、圧倒的な少なさです。

 

あと20年ほどでバーレーンの石油は枯渇すると言われており、政府は金融や貿易、アルミの精錬などによって産業の多角化を促進してはいますが、他の産業の電力や原材料も、結局のところ多くは石油に依存しており、石油依存から脱却を試みるほど石油に依存するというジレンマに陥っています。

 

ムハッラクから海を隔てて眺めた首都マナーマの光景。

 

 

平和で穏健な国の維持のためにバーレーンには頑張ってほしい

 

また、シーア派の人たちによるデモと暴動は幸い平和的に終息したものの、一歩間違えれば紛争が起こるリスクはバーレーンにもあり、こうした各種の問題に対し、これからの政府は難しい対応を迫られることになるのかもしれません。

 

今後果たしてバーレーンはどういう方向に進んでいくのか。石油産業を主力産業として温存しつつ、産業の多角化を進めることで石油産業のシェアを低下させるのか、それとも石油産業以外の、例えば天然ガスのような全く新しい産業を主力産業に据えることで、全ての産業からの石油依存脱却を一気に進めるのか。

 

これからどういう道に進むにせよ、穏健で戒律や統制が緩く、恐怖政治にも無差別テロにも汚染されていない、平和で豊かなことがバーレーンの魅力なので、これからもその魅力を保ち続けるためにバーレーン政府には頑張ってほしいものです。

 

 

参考文献

 

バーレーンを始めとする世界各国の石油の詳細な歴史に関して興味のある方には、ダニエル・ヤーギン氏の下記2冊を参考文献としてお勧めいたします。

 

 

 

今回の記事は主に、上記著書のうちの上巻を参考にさせて頂いています。
ダニエル・ヤーギン氏の著書は、バーレーンのみならず、エドウィン・ドレークによるペンシルバニア州での世界初の油田の発見、ジョン・D・ロックフェラーによるトラスト結成とアメリカのオイルブーム、ナチスドイツや太平洋戦争と石油との関わり、中東での石油危機やアルジェリア独立戦争での石油を巡る裏事情など、石油に関連する世界各国の歴史に関する豊富なエピソードに満ちており、興味が尽きることがありません。未読の方には、是非一読をお勧めいたします。
また、天然真珠産業も含めた石油発見前後のバーレーンの通史としては、以下の文献をお勧めいたします。

 

 
バーレーンの顧問官としてイギリス政府から派遣された外交官の、31年間におよぶ駐在期間中の体験を記録した自叙伝になります。天然真珠産業との関わりだけでなく、ハマド首長やその後継者であるサルマーン首長との親交、石油産業勃興に伴う国内の興奮、警察機構や裁判所の整備、湾岸航空の設立と発展、第二次世界大戦前後の生活と戦後の若者たちの間での政治意識の高まり、伝統的な結婚事情など、著者の体験に基づく自叙伝がそのままバーレーンの現代史に等しくなっていますので、一読をお勧めいたします。

 

また、湾岸アラブ諸国における民主主義のあり方については、以下の参考文献をお勧めいたします。

 

 

 

こちらは湾岸アラブ諸国の民主主義の定着に向けた現状と課題についてまとめた著書であり、バーレーンに関しては、立法権を有する上院への国王の権限の強さ、マナーマやムハッラクと北部州や西部州との一票の格差、シーア派の反政府活動、などが民主主義の定着に向けた課題として挙げられています。民主主義の定着を巡り、湾岸アラブ諸国間でどのような温度差があるか、イスラムを国教に掲げる国にとって望ましい民主主義とは何か、を考える上で非常に示唆に富んでいるので、是非一読をお勧めいたします。

 

 

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