おはようございます。次回のアイルランドの見所に関する参考になればと思い、今回はアイルランドのジャガイモ飢饉に関する歴史考察を書かせて頂きます。

なぜアイルランドの人たちはジャガイモを愛食するのか?

今も昔も、アイルランドの人たちはジャガイモが大好きで、主食として絶対にジャガイモを欠かしません。ジャガイモがアイルランドの主食になったのは、まずジャガイモが他の作物栽培には不向きな寒冷地の土壌でもよく育ち、栽培用の資本や設備も他の作物より少なくて済んだからです。

さらにはイギリスの植民地支配下で、所有していた農地の殆どが没収されて多くのアイルランド人が小作農の地位に追いやられ、わずかな作物もイギリスの不在地主から地代として搾取され続ける中で、ジャガイモだけは地代の対象外の作物だったことも大きな理由として挙げられます。

アイルランド全土に広まったジャガイモ飢饉で死者は100万人以上

主食として貧困に喘ぐアイルランドの人々を支えたジャガイモですが、1840年代にアイルランド全土のジャガイモの9割が疫病にかかり、生産量が激減して、大飢饉が起きました。食糧不足で餓死者が続出し、また栄養失調に伴い赤痢、チフス、コレラなどの様々な病気が広がり、さらに死者が広がりました。1850年代半ばにようやく終息するまでに、このジャガイモ大飢饉で100万人以上のアイルランド人が亡くなったとされています。

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ダブリンのリフィ川沿いにある、ジャガイモ飢饉のモニュメントです。

生き残った人たちの多くも、疲弊した祖国に見切りをつけ、難民として国外に逃れました。ダブリンのリフィ川に停泊しているジーニー・ジョンストン号は、そんな難民船の1つです。

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アイルランドの首都ダブリンのリフィ川に停泊したジーニー・ジョンストン号です。

700万人の移住でアメリカのアイルランド系人口は約4000万人

当初は難民としての国外逃亡という形で始まったアイルランドの人々の海外移住は、大飢饉終息後も続き、アメリカにだけでも700万人のアイルランド人が移住したとされています。その後は移住先で新たな家庭を設け、カトリックゆえに避妊が禁じられたアイルランドの慣習もあり、移住後の約2世紀で国外のアイルランド系の人口も飛躍的に増えました。

アイルランド本国の人口は、現在約450万人に過ぎません。しかしアメリカのアイルランド系の人口は約4000万人、カナダやオーストラリアを含む国外全体のアイルランド系の人口は約7000万人にも上るとされています。

アメリカで差別や偏見に晒されてきたアイルランド人

アメリカは世界各国から難民や移民を寛容に受け入れてきた、紛れもなく移民の国です。しかし当時に難民として渡米したアイルランドの人々には、カトリックということもあり、様々な差別や偏見が待っていました。一部の求人広告では、アイルランド人というだけで応募が断られることもありました。その屈辱的な扱いを歌詞にした曲が1870年代にでき、今なおアイルランドで人気の曲として残っているので、以下、紹介いたします。

     俺は堅気のアイルランド人
     バリファッドの出身だ
     仕事がほしくて、喉から手が出そうだぜ
     ある求人広告を見て思ったね
     俺にピッタリの仕事じゃねえか
     なのに、あのクソ野郎
     余計な一言を付け加えていやがった
     「アイリッシュの応募、お断り」
     オイオイ、随分無礼な話じゃねえか
     でも俺はこの仕事にありつきたかった
     だから俺は会いに行ったのさ
     こんな文句を書いた悪党に
     「アイリッシュの応募、お断り」
     パットとかダンなんて洗礼名をつけられるのは
     不運なことだと思っている奴らもいるだろう
     でも俺にとっては名誉なことさ
     アイリッシュに生まれたってことは

異国の地での苦難に立ち向かい、アイルランド人としてのアイデンティティへの誇りを失わず、必死に生きようとする姿がひしひしと伝わってくるような歌詞で、なかなか心に響くものがあります。

アメリカで成功したアイルランド人たち

やがてアイルランド系の人たちもアメリカ社会に溶け込み、社会的に成功する人も出てきます。祖先が大飢饉時代に移住し、後には合衆国大統領となったジョン・F・ケネディがその1人であり、弟のロバート・ケネディ上院議員もそうでしょう。

他に有名なアイルランド系としては、自動車王のヘンリー・フォード、メロン財閥のトーマス・メロン、金融のメリル・リンチの創業者であるチャールズ・メリルとエドマンド・リンチ、銅山王のマーカス・デイリーらが挙げられます。

現在のニューヨークでは警察官や消防士の2~3割がアイルランド系とされ、ボストンでも多くのアイルランド系が州知事や上院議員に選出されています。

過去の人たちの犠牲の上に成り立つ現在の平和と豊かさ

独立戦争や内戦、ジャガイモ大飢饉など、数々の辛酸を嘗めてきたアイルランド。しかしそういう負の時代があったからこそ、今のアイルランドの経済成長や、アメリカや海外で活躍するアイルランド系の人たちがいる。

悲しいことではありますが、平和とか豊かさとかいうのは、過去の犠牲の上にしか成り立たないものなのかもしれませんね。

参考文献

今回の記事を書く上で参考にさせて頂いた、アイルランドのジャガイモ飢饉に関する参考文献を、以下、紹介いたします。



まずお勧めはこちらの岩波新書。アイルランドのジャガイモ飢饉の話も然ることながら、インカ帝国、ティワナク遺跡からヒマラヤ、現在のアンデス山脈に至るまで、ジャガイモの歴史から辿った各地の地域事情を記した内容は、なかなか興味が尽きることがありません。



同じく、こちらの中公新書もお勧めです。上の岩波新書には書かれていない、フランス革命やロシア革命、産業革命、満蒙開拓団やシベリア抑留とジャガイモとの関わりの歴史に関する内容は特に秀逸だと思います。絶対王政期でも革命期でも、フランスとロシアではジャガイモが主要なアイテムだったのですね。

また、アイルランド全般に関する新書としては、以下がお勧めです。



日韓関係との類似性に絡めた英愛関係や、アメリカで差別や偏見を超えて開花するアイルランド系移民の記述も然ることながら、「風と共に去りぬ」とタラの丘とのつながりなど、興味深い話が多くてグイグイ引き込まれるように読めてしまいます。アイルランドの歴史全般を知る上でもお勧めです。