こんばんは。前回に引き続き、フィリピン革命の精神的指導者であり、フィリピンの国民的英雄であるホセ・リサールに関する歴史考察の記事を書かせて頂きます。

無計画な武装蜂起により瓦解した革命組織「カティプナン」

アンドレス・ボニファシオやエミリオ・アギナルドが中心になって結成した組織である革命組織「カティプナン」は、独立を掲げて武装蜂起を引き起こします。

しかし、一部の会員の妻たちによる教会の告解を利用した修道士会のスパイ活動や、スペイン人が経営するマニラ新聞社で起きたフィリピン人従業員同士の対立から、カティプナンの存在はたちまちスペイン植民地政府に漏洩し、カティプナンはたちまち敗走を重ね、さらには会員同士の路線対立も手伝って、完全に瓦解してしまうことになります。

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改革組織「リガ」が設立された時に、メンバーの人々と協議するホセ・リサールを描いた絵画(リサール記念館の2階で訪問時に撮影)。

ホセ・リサールは武装蜂起にどこまで関与したのか?

ホセ・リサールが処刑されたのは、スペイン植民地政府の罪状によれば、カティプナンの武装蜂起を首謀したとみなされたためです。しかしカティプナンの結成も武装蜂起も、リサールがダピタンに流刑になった後の出来事なので、リサールが主導できるはずもありません。

無計画な武装蜂起には会員の中に当初から反対の声も多く、会員の医師の1人が秘密裏にダピタンにいるリサールの意見を聞きに訪れた際には、リサールもまた明確に反対を述べています。しかしこのリサールの反対意見はカティプナンの会員たちに伝えられることはありませんでした。

弁明は認められず見せしめ裁判で処刑されたホセ・リサール

このような経緯から、リサールが武装蜂起を主導したとは考えにくく、リサールがどこまでカティプナンの活動や蜂起に関与していたのかは定かではありません。リサール自身もカティプナンの反乱への関与を最期まで一貫して否定し続けました。

しかし彼の弁明は認められず、反スペイン的な政治小説である「ノリ」や「エル・フィリ」の執筆と出版、改革志向組織である「リガ」の設立等を根拠にして、スペイン植民地政府からは反乱の首謀者と決め付けられ、かつての共産圏の人民裁判と同様の見せしめ裁判によって、死刑判決が下されることになりました。享年35歳でした。

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処刑前に最愛の家族との別れを惜しむリサールを描いた絵画(リサール記念館を訪問時に1階で撮影)。

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ホセ・リサールに関する他の歴史考察に関しては、下記の記事も併せてご参照頂ければ幸いです。
フィリピンの国民的英雄であるホセ・リサールに関する歴史考察①
フィリピンの国民的英雄であるホセ・リサールに関する歴史考察③
また、ホセ・リサールに関するフィリピンでの観光の見所については、下記の記事をご参照ください。
国民的英雄ホセ・リサールが最期を過ごした場所―フィリピン・マニラ/リサール記念館①
国民的英雄ホセ・リサールが最期を過ごした場所―フィリピン・マニラ/リサール記念館②
国民的英雄ホセ・リサールが処刑された場所―フィリピン・マニラ/リサール公園①
国民的英雄ホセ・リサールが処刑された場所―フィリピン・マニラ/リサール公園②
記事を閲覧してフィリピンでの見所に興味を持って頂いたら、是非お仕事やご旅行でフィリピンに行かれた際に訪問して頂き、ホセ・リサールという人物について想いを馳せてみて頂ければと思います。

参考文献

今回の記事を書くにあたって参考にさせて頂いた、ホセ・リサールやフィリピン革命についての参考文献を以下、紹介いたします。


スペインに始まり、アメリカや日本と続いた植民地支配の時代、マルコスによる軍事独裁政権に至る、「抵抗史」としての側面からフィリピンの歴史を一通り俯瞰する上でお勧めです。コンパクトな新書ながら中身が濃く読み応えがあります。


フィリピンの政治、経済、歴史、文化に関する基本的な事柄を一通り俯瞰する上でお勧めです。明石書店のエリアスタディーズの中ではこのフィリピン編はかなり中身が濃く、また読者の興味を引くエピソード等も多々盛り込まれています。


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