こんばんは。今日はフィリピン革命の精神的指導者であり、今なおフィリピンの国民的英雄である、ホセ・リサールに関する、歴史考察の記事を書かせて頂きます。

実は中国系メスティーソ(混血)であるホセ・リサール

多くのフィリピンの人たちはあまり意識していないようですが、ホセ・リサールは中国系メスティーソ(混血)です。厳密には彼の父親であるフランシスコ・メルカドも中国系メスティーソなので、中国人の子供というより、一部中国系の血が流れているといった方が正解でしょうか。

スペインのマドリッド大学に留学したホセ・リサール

世界のどこの国でも、裕福で高い教育を受けている中国系の人たちは数多く見られますが、ホセ・リサールもその好例で、幼少期から優れた才能と十分な教育に恵まれ、成人期にはサント・トマス大学医学部に進み、1882年5月、両親の反対を押し切って21歳でスペインのマドリッド大学に留学することになります。

教育と労働を通じたフィリピンの地位の向上を目標に

植民地支配下で修道士会に抑圧されていたフィリピンとは比較にならないほど当時のスペインは自由に満ちていていました。リサールがいつから祖国の独立を夢見始めたのかは定かではないですが、独立に向けた本格的な情熱をリサールが注ぎ始めたのは、このスペイン留学時からです。

マドリッドで様々なフィリピン人に出会う中で、教育と労働を通じてフィリピンをスペインの隷属的地位から引き上げることが、リサールの大きな目標となっていきます。

世界各地を放浪し多彩な才能を発揮したホセ・リサール

1885年6月にマドリッド大学で哲文学博士号と医学士号を取得したリサールは、以後7年の間に、フランス、ドイツ、イギリスなどヨーロッパ各地の大学に留学し、医学と語学を専攻する傍ら、フランス語の世界人権宣言をタガログ語に翻訳したり、政治小説である「ノリ」や「エル・フィリ」をスペイン語で執筆したり、さらには香港で眼科医を開業したりもしています。

日本で出会った女性「おせいさん」

イギリスに留学する際には日本とアメリカに立ち寄ってもいますが、この時に日本で出会った女性が有名な「おせいさん」こと臼井勢以子であり、彼女との交流で日本に好意的な印象を持ったリサールは、後に日本の民話への論考を執筆したりもしています。

世界各地の人々と交流し自由と独立の夢を膨らませたリサール

ともあれ、世界各地を転々としたことで、ロンドンのフリーメーソンのメンバーたちや日本の自由民権運動の壮士たちをはじめとした数多くの人と交流し、おせいさん以外にも少なくとも9人の女性と恋をしたリサール。

リサールの知性や情熱は多くの人たちを魅了させたに違いありませんが、リサール自身もまた、海外の多くの人たちとの出会いに刺激を受け、祖国の自由と独立への夢を一層膨らませたことは間違いありません。

フィリピン帰国後程なくしてミンダナオ島のダピタンに流刑に

1885年にマドリッド大学を卒業して以来、彼自身が持つ自由への渇望と、彼を敵視するスペイン植民地政府による官憲を逃れるため、世界各国を転々としていたリサール。

1892年6月、比較的リベラルな改革派である当時のユーロヒオ・デスプホル総督によって奇跡的にマニラへの帰国を許されるも、フィリピンを第3の社会として想定した改革を志向する組織「リガ」の設立や、修道士会の腐敗を糾弾したことを咎められ、翌7月にリサールはミンダナオ島のダピタンに流刑になります。

享年35歳という若さで処刑されたホセ・リサール

ダピタンでは眼科医を開業する傍ら学校を作り、教育と労働による祖国の再建を実践して地元の人たちの大きな尊敬を集めていましたが、1896年9月にマニラに呼び戻され、当時は牢獄だったサンチャゴ要塞内の現在のリサール記念館の建物で57日間を過ごした後、1896年12月30日、現在のリサール公園で処刑されることになりました。享年35歳という若さでした。

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処刑前にリサールが過ごしたとされる地下牢と、家族や友人に別れの手紙を記すリサールのレプリカ(リサール記念館を訪問時に撮影)。

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リサール記念館の建物前にある、ホセ・リサールの像です(訪問時に撮影)。書物を片手に立っている姿は多彩な才能を発揮したリサールならではです。

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ホセ・リサールに関する他の歴史考察に関しては、下記の記事も併せてご参照頂ければ幸いです。
フィリピンの国民的英雄であるホセ・リサールに関する歴史考察②
フィリピンの国民的英雄であるホセ・リサールに関する歴史考察③
また、ホセ・リサールに関するフィリピンでの観光の見所については、下記の記事をご参照ください。
国民的英雄ホセ・リサールが最期を過ごした場所―フィリピン・マニラ/リサール記念館①
国民的英雄ホセ・リサールが最期を過ごした場所―フィリピン・マニラ/リサール記念館②
国民的英雄ホセ・リサールが処刑された場所―フィリピン・マニラ/リサール公園①
国民的英雄ホセ・リサールが処刑された場所―フィリピン・マニラ/リサール公園②
記事を閲覧してフィリピンでの見所に興味を持って頂いたら、是非お仕事やご旅行でフィリピンに行かれた際に訪問して頂き、ホセ・リサールという人物について想いを馳せてみて頂ければと思います。

参考文献

今回の記事を書くにあたって参考にさせて頂いた、ホセ・リサールやフィリピン革命についての参考文献を以下、紹介いたします。


スペインに始まり、アメリカや日本と続いた植民地支配の時代、マルコスによる軍事独裁政権に至る、「抵抗史」としての側面からフィリピンの歴史を一通り俯瞰する上でお勧めです。コンパクトな新書ながら中身が濃く読み応えがあります。


フィリピンの政治、経済、歴史、文化に関する基本的な事柄を一通り俯瞰する上でお勧めです。明石書店のエリアスタディーズの中ではこのフィリピン編はかなり中身が濃く、また読者の興味を引くエピソード等も多々盛り込まれています。


ホセ・リサールやフィリピン革命に特化した、専門的な知識を得る上でお勧めです。同書を読んだ上でマニラや他都市のフィリピン革命関連の歴史的な見所を訪問すると、感慨が一層深まるかと思います。