こんばんは。今日も私のサイトを訪問してくださりありがとうございます。
さて、中近東というとどんな国をイメージされるでしょうか?
恐らく、イラクやシリアのように紛争やテロで破綻した国のイメージが強いと思います。現在の国家破綻があまりに酷いせいか、サダム・フセインのような独裁者たちが往々にして美化されがちですが、果たしてフセイン政権時代のイラクはそのように美化できる時代だったのでしょうか?
現実には、強圧的な独裁政権に依存せずとも、クウェートやバーレーンのように穏健な王政の下で成功している国々は中近東にきちんとあります。中近東の他の穏健な国々との比較も兼ねて、本記事では独裁者サダム・フセインが支配していた時代のイラクについて、考察してみたいと思います。今回はサダム一族のゴタゴタが殺人にまで悪化したケースについて。
目次
残虐性の話題に事欠かない殺人鬼ウダイ
イラク・オリンピック委員会の会長でもあり、ワールドカップで敗退したサッカー選手たちに残虐な懲罰と拷問を加えるのを始め、酔っぱらった勢いで友人たちを番犬に襲わせ、自分の同僚や秘書の歯をペンチで引き抜く、電線で逆さ吊りにして金属バットで殴る等々、残虐性を物語る話題には事欠くことのない、サダムの長男ウダイ。少なくとも6人の人間を殺害している、極悪人どころか殺人鬼であるウダイの存在がサダムの恐怖政治にさらに油を注ぎ、しまいには身内ですら虐殺される事態を招きます。
生来の残虐性と極悪さに裏打ちされたサダムの長男ウダイ。(酒井啓子(著)「イラクとアメリカ」より抜粋)
サダムの執事だったカーメル・ハンナ
カーメル・ハンナはサダムの公務の執事であるだけでなく、裏ではサダムの毒見役や、数々の女性をサダムに紹介する役回りも務め、シェフである父親と共に20年以上サダムに仕えてきた人物です。身内や盟友にも絶対の信を置かないサダムが信頼する数少ない人物の1人がこのカーメル・ハンナでした。
サダムの浮気問題が発端となって殺人事件に
妻であるサジダがいながらもサダムは浮気問題に事欠かず、とりわけ既婚女性との浮気を好みましたが、カーメル・ハンナがサダムに紹介した既婚女性の1人が、イラク航空会長夫人であるサミーラ・シャフバンドールでした。過去にもサダムの浮気を知りつつ黙認してきた妻のサジダですが、この時問題だったのは、サダムがサミーラに本気で入れ込んでしまったことです。嫉妬でノイローゼになったサジダは、溺愛する長男のウダイに何とかしてくれと頼みこみ、これが後日殺人事件につながります。
ウダイによるカーメル・ハンナ殺害事件
バグダッド市民に人気の観光スポットであるブタ島でエジプトのムバラク大統領夫人のための歓迎パーティーが開催された際、護衛を引き連れてウダイはパーティー会場に乱入します。そしてパーティーの主催者であるカーメル・ハンナを、大勢の招待客たちの面前で何度も殴りつけて撲殺するという暴挙に及びました。
アドナン・ハイラッラーの爆殺とサジダの離婚
この事件以降、サダムはウダイやサジダを全く信用しなくなります。そしてサジダの弟であるアドナン・ハイラッラー国防相が浮気問題を巡ってサダムと対立し、サダムがアドナンをヘリコプターごと爆殺した後、サダムとサジダの間に正式な離婚が成立、サミーラがイラクの新たな大統領夫人となります。こうしたサダム一族間の亀裂と相互不信が、やがて2つ目のさらに大きな事件を招きます。
2つ目の事件の発端もウダイの殺人事件
2つ目の事件の発端は、1人の売春婦の取り合いが高じて、ウダイが自分の叔父である内務大臣ワトバーン・イブラーヒーム・ハサンを宴会場で銃撃した事件に起因します。ワトバーンは両足を撃たれつつも辛うじて命は取り留めるものの、たまたま宴会場にいた無関係の3人の参加者が銃撃の巻き添えにされてウダイに殺害されてしまいます。
カーメル兄弟の国外亡命
この事件を機に、自分たちもワトバーンと同じ目に遭うことを恐れたサダムの義理の息子2人、つまりサダムの娘2人の夫たちである、フセイン・カーメルとサダム・カーメルの兄弟が国外に亡命。兄弟はサダムの政権に関する情報を西側諸国にリークし、サダム政権に大打撃を与えます。
イラク帰国後のカーメル兄弟の虐殺
しかし結局はサダムの口車に乗せられ、兄弟はイラクに帰国。待ち構えていたハラブジャのクルド人虐殺の主犯、ケミカル・アリーことアリ・ハッサン・アル・マジド将軍が率いるアル・マジド一族の銃撃を受け、兄弟は2人とも虐殺されてしまいます。しかも兄弟の妹とその息子も容赦なく虐殺され、さらには兄弟の母親もバクダッドの自宅で後日刺殺され、遺体はバラバラにされました。
身内でも絶対に信用できない恐怖政治
義理の息子たちを容赦なく虐殺する一方で、ウダイに対しては一切の公職から追放するという処分を下したサダム。一連のイザコザで、妻や娘2人ともサダムは絶縁を迎えることになりましたが、サダムの恐怖政治の下では、身内でも絶対に信用できないことを、このイザコザは物語っています。
サダムと家族たち。後列真ん中が長男ウダイ。フセイン・カーメル及びサダム・カーメルの兄弟はそれぞれ後列の一番左、左から2番目。(コン・コクリン(著)「サダム―その秘められた人生」より抜粋)
参考文献
湾岸戦争やイラクの現代史についてさらに詳しく知りたい方には、以下の参考文献をお勧めいたします。
反米でも反イラクでもない客観的な筆致で書かれた、日本ではイラクの第一人者である酒井啓子氏の本書は、独立後の王政時代から流血クーデター、バース党独裁から個人独裁に至るイラクの政権の歴史、各時代に置かれたクルド人やシーア派の状況、湾岸戦争後に起きた反政府蜂起に対する弾圧、国連による査察や国内外の反政府活動の動向など、フセイン政権のイラクを俯瞰する上で、最低限これだけは読んでおくべき1冊です。
こちらは同じ酒井啓子氏による、そもそもサダム・フセイン政権とはどのような構造なのか、について掘り下げた著書になります。バクル大統領の時代からのバース党の独裁体制の変遷、アラブ・スンナ派偏重やティクリート派の位置付け、大統領親族間の権力争い、イラク国民議会の沿革と実際の民意の乖離など、フセイン政権の権力構造とそれを取り巻くファクターについて、詳しく知る上でお勧めです。
中東情勢に関して第一人者であるイギリスのジャーナリストの著書。基本的にサダム政権に批判的な立場なので、多少の偏りはありますが、かと言って決してサダムを悪魔扱いはせず、様々なルートで得られた各情報が信頼に値するかどうか、慎重に精査して事実を積み上げていることが見て取れます。また、王政時代やカーシム政権とバース党の対立など、サダムが政権を担う前のイラクの歴史をも詳しく知ることができます。
常にすぐ傍にいた主治医の回想録ということもあり、こちらもサダムを悪魔扱いする内容ではありません。むしろ読み取れるのは、傲慢さや高圧さと一緒に孤独感や気の弱さを併せ持つといった、サダムの複雑な人物像です。またイラクの不幸の原因をサダム1人に擦り付けず、彼の息子たちや側近たち、腐敗した政府の責任もきちんと記している点も、公平な書き方で評価できます。
生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白
こちらはサダムに無理やり愛人にされた女性の回想録。主人公はサダムの愛人扱いされることを嫌がり、自分の人生を破壊したサダムに嫌悪を抱いていますが、一方で初めのうちはサダムに恋心を持っていたように、サダムに対してどこかしら情を抱いており、決してサダムを悪魔のようには描いていません。サダムよりもむしろ、上述の主治医の回想録と同様、イラクの政府の腐敗や、サダムの長男ウダイの残虐さの記述の方が際立っています。
おすすめ映画
湾岸戦争に至る経緯をフセイン政権サイドの視点から知る上では、以下の映画がおすすめです。
サダム・フセインの長男ウダイに無理やりウダイの影武者にさせられた主人公ラティフの苦悩を描いた、実話に基づく内容です。直接的には、残虐極まりない異常人格者ウダイとごく普通の善良な主人公ラティフの対比、両極端の人間を1人2役で演じた主演のドミニク・クーパーの怪演ぶりが一番の見所ですが、湾岸戦争に至る経緯も知ることができます。かなり気が滅入る内容の映画ではありますが、全編緊迫感が漂う見応えある映画ではあるので、一見の価値はあります。
いきなりのDVD購入を躊躇される方は、TSUTAYA、ゲオ、DMMなどの宅配サービスでレンタルできますので、下記サイトより検索してレンタルしてみてください。
DVD&CD無料で借り放題!
ゲオ宅配レンタル
【DMM.com】DVD&CDレンタル【1ヶ月無料キャンペーン中】
いずれの宅配サービスでも、わざわざ店舗に行くよりはレンタル費を安く済ませられますので、DVD鑑賞を安上がりに行われたい方は活用してみてください。
関連記事
クウェートの関連記事
サダム・フセインのような強圧的な独裁者による恐怖政治などなくとも、穏健な王政の下で平和的に成功している国は中近東にきちんとあります。その代表例であるバーレーンとクウェートの見所については、下記記事をご参照ください。
- ディルムン文明と伝統文化の湾岸アラブ世界―バーレーン国立博物館の展示から読み解く石油発見以前の光景
- 天然真珠産業時代の湾岸アラブ世界―バーレーンの国立博物館の展示から読み解く天然真珠産業と改革期の記録
- 天然真珠産業時代の湾岸アラブ世界―バーレーンの真珠商人の住居とフォートから見る石油発見以前の光景
- バーレーン滞在時の各種注意事項―イスラム教の戒律を持つ湾岸アラブ諸国で快適な滞在をするために
- 湾岸アラブの近代化と伝統文化が混在する世界―バーレーンの高層ビル群と旧市街の市場通りから読み解く
- 世界の猫スポット―クウェートシティ・魚市場前の広場
- 世界の猫スポット―クウェートシティ・クウェートタワー近辺
- 湾岸アラブの近代化と伝統文化が混在する世界―クウェートの大型ショッピングモールと魚市場とダウ船から読み解く
- 湾岸アラブの近代化と伝統文化が混在する世界―クウェートの高層ビル群とモスクから読み解く
- クウェートタワー近辺で祝日の憩いを謳歌するクウェートシティの市民たち―湾岸戦争後の平和な光景
- クウェートのアルクレインハウス戦争博物館から湾岸戦争当時の破壊の爪痕と現在の平和を読み解く
- クウェート滞在時の各種注意事項―イスラム教の戒律を持つ湾岸アラブ諸国で快適な滞在をするために
湾岸戦争の歴史的経緯の関連記事
国際社会に対するサダム・フセイン政権の暴挙の代表例と言えるものが、クウェートに対する侵攻でしょう。湾岸戦争がなぜイラクに侵攻されることになり、戦時下のクウェートでどのような事態が生じたのか、その歴史的経緯については、下記記事をご参照ください。
- 湾岸戦争の歴史考察―米国主導の多国籍軍の介入で10万人のイラク人が犠牲に
- 湾岸戦争の歴史考察―イラクのクウェート侵攻と戦前日本の太平洋戦争の類似点
- 湾岸戦争の歴史考察―なぜクウェートはイラクの恨みを買ったのか
サダム・フセイン政権の歴史的経緯の関連記事
サダム・フセインが政権を敷いた時代のイラクはどんな国だったのかに関する、本記事以外の歴史考察については、以下の記事をご参照ください。
- サダム・フセイン政権のイラクに関する歴史考察―相互監視による密告と拷問と個人崇拝の社会
- サダム・フセイン政権のイラクに関する歴史考察―殺人鬼ウダイとカーメル兄弟の虐殺
- サダム・フセイン政権のイラクに関する歴史考察―湾岸戦争後の反政府蜂起の鎮圧と経済制裁下の困窮
- サダム・フセイン政権のイラクに関する歴史考察―イラン・イラク戦争と異民族の弾圧
- サダム・フセイン政権のイラクに関する歴史考察―国際テロ支援国家
- サダム・フセイン政権のイラクに関する歴史考察―大統領時代に強固になった恐怖政治
- サダム・フセインの副大統領時代に築かれたスターリン型の恐怖政治―国外での暗殺と異民族の弾圧
- サダム・フセインの副大統領時代に築かれたスターリン型の恐怖政治―反対派の大量処刑
- 副大統領時代に築かれたサダム・フセインの政治の土台の功罪
フセイン以前のイラクの歴史的経緯の関連記事
サダム・フセインが政権を握るよりも以前の時代のイラクに関する歴史考察については、以下の記事をご参照ください。
- サダム・フセイン以前のイラクに関する歴史考察―カーシム政権の転覆とバース党内の分裂
- サダム・フセイン以前のイラクに関する歴史考察―バース党とカーシム政権の闘争
- 王政時代のイラクとサダム・フセインが成人になるまでの歴史考察