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さて、中近東というとどんな国をイメージされるでしょうか?

 

恐らく、イラクやシリアのように紛争やテロで破綻した国のイメージが強いと思います。現在の国家破綻があまりに酷いせいか、サダム・フセインのような独裁者たちが往々にして美化されがちですが、果たしてフセイン政権時代のイラクはそのように美化できる時代だったのでしょうか?

 

現実には、強圧的な独裁政権に依存せずとも、クウェートやバーレーンのように穏健な王政の下で成功している国々は中近東にきちんとあります。中近東の他の穏健な国々との比較も兼ねて、本記事では独裁者サダム・フセインが支配していた時代のイラクについて、考察してみたいと思います。今回は湾岸戦争後の反政府蜂起と経済制裁下の市民の暮らしについて。

 

 

湾岸戦争後のシーア派とクルド人の反政府蜂起

 

湾岸戦争後も独裁者としてしぶとく生き延びたサダム・フセインですが、サダムの権力基盤と生存に脅威をもたらしたのは多国籍軍ではなく、湾岸戦争後に起きた全国規模の反乱でした。

 

反乱は1991年3月、多国籍軍との地上戦が終結してまだ間もない時期に、まずバスラから巻き起こり、程なくしてナジャフやカルバラ等のイラク南部全域のシーア派が反乱を起こします。それに呼応するかのように、北部ではクルド人が反乱を起こし、クルド人地域の9割からイラク軍が放逐されてしまいます。

 

3月暴動直後のバスラ。「サダムに死を、サダムを倒せ」と書かれた看板に、無数の弾丸の跡が生々しく残されています。(酒井啓子(著)「イラクとアメリカ」より抜粋)

 

 

クルド人やシーア派を見捨てたアメリカと国際社会

 

当初は軍人が引き起こしたものの、やがては一般市民たちにも、それも全国規模に広がった反乱。わずか1か月足らずの反乱で、最終的に反乱側の手に落ちたのは全国の18県の内14県にも及びました。

 

国際社会に、サダムの時代の終わりを印象付けるには十分なほどの反乱でしたが、結局、反乱を煽っておきながらも不介入の立場を取ってアメリカや多国籍軍に参加した国々がクルド人やシーア派の人たちを見捨てたことにより、反乱は鎮圧されてしまいます。

 

 

反政府蜂起の鎮圧と南部のシーア派の大量虐殺

 

アメリカや多国籍軍の不介入方針を見て取るや直ちに、サダムは共和国防衛隊を差し向け、南部のシーア派の大量虐殺を行います。この虐殺による犠牲者は10万人を超えるとされ、湾岸戦争での犠牲者数をも上回ると推定されています。

 

 

北部の反乱の鎮圧と難民化するクルド人

 

南部でシーア派の反乱が鎮圧されると、イラン・イラク戦争時にクルド人の大量虐殺を指示したケミカル・アリーことアリ・ハッサン・アル・マジドの指揮の下、直ちに共和国防衛隊は北部に差し向けられます。1万人に上るクルド人のゲリラ戦士たちはたちまち政府軍に殺害され、北部地域も再び共和国防衛隊の占領下に落ちます。

 

そして再び大量虐殺が行われるのを恐れた200万人のクルド人の民間人たちは、難民化して厳しい雪と寒さに満ちた山岳地帯を越えてイランやトルコとの国境地帯への逃亡を試み、毎日数百人の難民たちが、山中で命を落とすことになりました。

 

 

経済制裁下の政権の腐敗と困窮する国民

 

アメリカや国連の政策の中でも、経済制裁ほど評判の悪いものは恐らくないでしょう。独裁政権はいずれも動揺せずにピンピンしている一方で、国民は困窮生活を強いられる。

 

サダム・フセインのイラクもその例外ではなく、経済制裁を尻目に石油の密輸出や、国連からの食糧や人道支援物資の闇市への横流し、中国・北朝鮮・ロシア・旧東欧諸国との兵器の違法取引等でサダムの一族や政権の首脳たちが私腹を肥やす一方、国民には電気も飲水も行き届かず、カロリー摂取量は湾岸戦争前の半分にも満たない状態でした。

 

湾岸戦争後の国連の経済制裁下での困窮の中、配給を受けるバグダッド市民たち。(酒井啓子(著)「イラクとアメリカ」より抜粋)

 

 

サダム一族や政府首脳にも経済困窮の責任はある

 

1981年以来、何千億ドルもの金がサダムや長男のウダイや一族の懐に転がり込む一方、一年間で8万人を超える子供たちが経済制裁のために飢餓で死んでいく。経済制裁をイラクに課したアメリカや国連にももちろん責任はありますが、国連の人道支援物資でさえも国民に届けず、飢える国民を助けずに私腹を肥やしていたサダム一族や政府首脳の責任はさらに重いと言えるのではないでしょうか。

 

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参考文献

 

湾岸戦争やイラクの現代史についてさらに詳しく知りたい方には、以下の参考文献をお勧めいたします。

反米でも反イラクでもない客観的な筆致で書かれた、日本ではイラクの第一人者である酒井啓子氏の本書は、独立後の王政時代から流血クーデター、バース党独裁から個人独裁に至るイラクの政権の歴史、各時代に置かれたクルド人やシーア派の状況、湾岸戦争後に起きた反政府蜂起に対する弾圧、国連による査察や国内外の反政府活動の動向など、フセイン政権のイラクを俯瞰する上で、最低限これだけは読んでおくべき1冊です。

 

 

こちらは同じ酒井啓子氏による、そもそもサダム・フセイン政権とはどのような構造なのか、について掘り下げた著書になります。バクル大統領の時代からのバース党の独裁体制の変遷、アラブ・スンナ派偏重やティクリート派の位置付け、大統領親族間の権力争い、イラク国民議会の沿革と実際の民意の乖離など、フセイン政権の権力構造とそれを取り巻くファクターについて、詳しく知る上でお勧めです。

 

 

中東情勢に関して第一人者であるイギリスのジャーナリストの著書。基本的にサダム政権に批判的な立場なので、多少の偏りはありますが、かと言って決してサダムを悪魔扱いはせず、様々なルートで得られた各情報が信頼に値するかどうか、慎重に精査して事実を積み上げていることが見て取れます。また、王政時代やカーシム政権とバース党の対立など、サダムが政権を担う前のイラクの歴史をも詳しく知ることができます。

 

 

常にすぐ傍にいた主治医の回想録ということもあり、こちらもサダムを悪魔扱いする内容ではありません。むしろ読み取れるのは、傲慢さや高圧さと一緒に孤独感や気の弱さを併せ持つといった、サダムの複雑な人物像です。またイラクの不幸の原因をサダム1人に擦り付けず、彼の息子たちや側近たち、腐敗した政府の責任もきちんと記している点も、公平な書き方で評価できます。

 

 

こちらはサダムに無理やり愛人にされた女性の回想録。主人公はサダムの愛人扱いされることを嫌がり、自分の人生を破壊したサダムに嫌悪を抱いていますが、一方で初めのうちはサダムに恋心を持っていたように、サダムに対してどこかしら情を抱いており、決してサダムを悪魔のようには描いていません。サダムよりもむしろ、上述の主治医の回想録と同様、イラクの政府の腐敗や、サダムの長男ウダイの残虐さの記述の方が際立っています。

 

 

おすすめ映画

 

湾岸戦争に至る経緯をフセイン政権サイドの視点から知る上では、以下の映画がおすすめです。

サダム・フセインの長男ウダイに無理やりウダイの影武者にさせられた主人公ラティフの苦悩を描いた、実話に基づく内容です。直接的には、残虐極まりない異常人格者ウダイとごく普通の善良な主人公ラティフの対比、両極端の人間を1人2役で演じた主演のドミニク・クーパーの怪演ぶりが一番の見所ですが、湾岸戦争に至る経緯も知ることができます。かなり気が滅入る内容の映画ではありますが、全編緊迫感が漂う見応えある映画ではあるので、一見の価値はあります。

 

また、フセイン政権による弾圧を被害者側であるクルド人サイドから描いた映画としては、以下の2本がお勧めです。

 

単に政権側による加害行為を描くだけでなく、強制的に加害行為に加担させられた人たちや、残された遺族のその後の描写など、フセイン政権のイラクに限らず、独裁政権下や紛争時に起こる異民族の弾圧全般について非常に考えさせられる内容なので、明るい内容ではありませんがお勧めです。

 

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