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さて、中近東というとどんな国をイメージされるでしょうか?

 

恐らく、イラクやシリアのように紛争やテロで破綻した国のイメージが強いと思います。現在の国家破綻があまりに酷いせいか、サダム・フセインのような独裁者たちが往々にして美化されがちですが、果たしてフセイン政権時代のイラクはそのように美化できる時代だったのでしょうか?

 

現実には、強圧的な独裁政権に依存せずとも、クウェートやバーレーンのように穏健な王政の下で成功している国々は中近東にきちんとあります。中近東の他の穏健な国々との比較も兼ねて、本記事では独裁者サダム・フセインが支配していた時代のイラクについて、考察してみたいと思います。今回はイラン・イラク戦争について。

 

 

アルジェ協定破棄に伴うイラン・イラク戦争の開始

 

副大統領時代のサダムはクルド人の反乱を鎮圧するに当たり、イランとアルジェ協定を結びましたが、1979年にイランでホメイニ師主導によるイスラム革命が起こり、「革命の輸出」という名の下で各国にシーア派テロ組織による無差別テロを輸出するようになると、欧米やソ連や他のアラブ諸国の恐怖心に漬け込んだサダムは、テレビカメラの面前であからさまにアルジェ協定を破棄。

 

1980年9月22日、イラク軍はテヘラン等の主要都市への空爆とイラン南部のフーゼスターン州を急襲し、イラン・イラク戦争が始まります。

 

 

10年間続いたイラン・イラク戦争はイランに有利な形で終結

 

開戦から2年ほどの間こそはイラク軍にとって有利な戦況にあったものの、1982年4月にイランと同盟国であるシリア経由のパイプラインを止められ、同年5月にホラムシャハルをイランに奪還され、3万人のイラク兵が捕虜になってからは完全に形成が逆転します。

 

翌6月にはイラク軍はイランからの完全撤退を余儀なくされ、7月以降はイラン軍が逆にバスラを始めとするイラク南部に侵攻。戦局はその都度膠着状態を続けながらも、最終的にはイランに有利な形で、1988年8月20日に10年間続いたイラン・イラク戦争が終結することになります。

 

 

世界各国がイラクに武器を供与・大量破壊兵器の開発を支援

 

この戦争の間、イランのイスラム原理主義テロの輸出を警戒するアメリカを始めとする世界各国がイラクを支援し、イラクの核兵器開発や、細菌兵器や毒ガスなどの大量破壊兵器の開発に拍車がかかりました。

 

なお、アメリカ以外にイラクに武器を供与した代表的な国としては、ソ連、フランス、中国、イタリア、西ドイツ、イギリス、ベルギー、スペイン、ポルトガル、ユーゴスラビア、ブラジル、湾岸アラブ諸国などが挙げられます。

 

 

100万人を超える犠牲者と戦争の混乱に乗じた反対派の大量処刑

 

この戦争による犠牲者は、イラク側で37万5千人~40万人。イラン側は75万人~100万人。なおかつ両国とも戦争の混乱に乗じて、国内の反対派を大量処刑することをきちんと忘れませんでした。

 

イラク側では、戦争がイラクに有利だった1981年~1982年の1年間だけでも、3千人の市民がイラクでは処刑されたと推定されます。当然、大量処刑はバース党の内部にも及び、イランと和解と停戦の実現を唱えただけで300人以上の将校が一度に処刑されるありさまでした。

 

 

シーア派の指導者ムハンマド・バーキル・アッサドルの処刑

 

さらに、戦争の直前に、シーア派によるテロの輸出とイランとの結びつきの脅威と称して、イラクのシーア派の指導者ムハンマド・バーキル・アッサドルが処刑されました。

 


イラクのシーア派イスラム運動の祖である、ムハンマド・バーキル・アッサドル。(酒井啓子(著)「イラクとアメリカ」より抜粋)

 

 

イラクとイランのシーア派の共鳴は全くの杞憂であるが・・・

 

イラクのシーア派がイランのシーア派原理主義政権と結びつくことを恐れたのは、サダムだけでなく欧米やソ連や湾岸アラブ諸国も同じでしたが、歴史的にアラブの国であるイラクとペルシャの国であるイランのシーア派が結びついた事例は殆どなく、イランのイスラム革命を機に両者が共鳴するというのは全くの杞憂にしか過ぎませんでした。

 

 

裁判なしに妹と共にアッサドルを処刑

 

とは言え、イラクのシーア派がバース党政権と対立しており、バース党政権にとってシーア派が脅威であったことは事実で、実際にシーア派のデモ隊と軍との衝突や、バース党の関係者に対するシーア派による爆弾テロ事件も起きていました。こうしたシーア派による脅威を口実に、1980年4月、サダムはこれまでも頻繁に召喚していたアッサドルと妹のビント・フダーを逮捕し、裁判もなしに秘密裏に処刑してしまいました。

 

 

クルド人の大量虐殺

 

イラン・イラク戦争下で化学兵器が大量虐殺に使われた例として、最も悪名高いのがクルド人の大量虐殺でしょう。クルド人が独立を掲げて蜂起するのを阻止するためと称して、イラク軍による虐殺が行われました。

 

まず手始めに、83年以来捕虜として拘束されていたクルド人の大量処刑。この犠牲者だけでも数千人に上るとされますが、それでは終わらず、87年にはハラブジャを始めとするクルド人の20の村に毒ガスがばら撒かれ、88年の戦争終結までにクルド人地域の半数以上の村や街が破壊され、犠牲者は5千人~1万人と推定されています。

 


ハラブジャでの毒ガスによるクルド人の大量虐殺の描写。(酒井啓子(著)「イラクとアメリカ」より抜粋)

 

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参考文献

 

湾岸戦争やイラクの現代史についてさらに詳しく知りたい方には、以下の参考文献をお勧めいたします。

反米でも反イラクでもない客観的な筆致で書かれた、日本ではイラクの第一人者である酒井啓子氏の本書は、独立後の王政時代から流血クーデター、バース党独裁から個人独裁に至るイラクの政権の歴史、各時代に置かれたクルド人やシーア派の状況、湾岸戦争後に起きた反政府蜂起に対する弾圧、国連による査察や国内外の反政府活動の動向など、フセイン政権のイラクを俯瞰する上で、最低限これだけは読んでおくべき1冊です。

 

 

こちらは同じ酒井啓子氏による、そもそもサダム・フセイン政権とはどのような構造なのか、について掘り下げた著書になります。バクル大統領の時代からのバース党の独裁体制の変遷、アラブ・スンナ派偏重やティクリート派の位置付け、大統領親族間の権力争い、イラク国民議会の沿革と実際の民意の乖離など、フセイン政権の権力構造とそれを取り巻くファクターについて、詳しく知る上でお勧めです。

 

 

中東情勢に関して第一人者であるイギリスのジャーナリストの著書。基本的にサダム政権に批判的な立場なので、多少の偏りはありますが、かと言って決してサダムを悪魔扱いはせず、様々なルートで得られた各情報が信頼に値するかどうか、慎重に精査して事実を積み上げていることが見て取れます。また、王政時代やカーシム政権とバース党の対立など、サダムが政権を担う前のイラクの歴史をも詳しく知ることができます。

 

 

常にすぐ傍にいた主治医の回想録ということもあり、こちらもサダムを悪魔扱いする内容ではありません。むしろ読み取れるのは、傲慢さや高圧さと一緒に孤独感や気の弱さを併せ持つといった、サダムの複雑な人物像です。またイラクの不幸の原因をサダム1人に擦り付けず、彼の息子たちや側近たち、腐敗した政府の責任もきちんと記している点も、公平な書き方で評価できます。

 

 

こちらはサダムに無理やり愛人にされた女性の回想録。主人公はサダムの愛人扱いされることを嫌がり、自分の人生を破壊したサダムに嫌悪を抱いていますが、一方で初めのうちはサダムに恋心を持っていたように、サダムに対してどこかしら情を抱いており、決してサダムを悪魔のようには描いていません。サダムよりもむしろ、上述の主治医の回想録と同様、イラクの政府の腐敗や、サダムの長男ウダイの残虐さの記述の方が際立っています。

 

 

おすすめ映画

 

湾岸戦争に至る経緯をフセイン政権サイドの視点から知る上では、以下の映画がおすすめです。

サダム・フセインの長男ウダイに無理やりウダイの影武者にさせられた主人公ラティフの苦悩を描いた、実話に基づく内容です。直接的には、残虐極まりない異常人格者ウダイとごく普通の善良な主人公ラティフの対比、両極端の人間を1人2役で演じた主演のドミニク・クーパーの怪演ぶりが一番の見所ですが、湾岸戦争に至る経緯も知ることができます。かなり気が滅入る内容の映画ではありますが、全編緊迫感が漂う見応えある映画ではあるので、一見の価値はあります。

また、フセイン政権による弾圧を被害者側であるクルド人サイドから描いた映画としては、以下の2本がお勧めです。

 

単に政権側による加害行為を描くだけでなく、強制的に加害行為に加担させられた人たちや、残された遺族のその後の描写など、フセイン政権のイラクに限らず、独裁政権下や紛争時に起こる異民族の弾圧全般について非常に考えさせられる内容なので、明るい内容ではありませんがお勧めです。

 

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