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さて、中近東というとどんな国をイメージされるでしょうか?

 

恐らく、イラクやシリアのように紛争やテロで破綻した国のイメージが強いと思います。現在の国家破綻があまりに酷いせいか、サダム・フセインのような独裁者たちが往々にして美化されがちですが、果たしてフセイン政権時代のイラクはそのように美化できる時代だったのでしょうか?

 

現実には、強圧的な独裁政権に依存せずとも、クウェートやバーレーンのように穏健な王政の下で成功している国々は中近東にきちんとあります。中近東の他の穏健な国々との比較も兼ねて、本記事では独裁者サダム・フセインが支配していた時代のイラクについて、考察してみたいと思います。今回は国際テロリストとの関わりについて。

 

 

パレスチナの国際テロリストの支援

 

国外にいる反対派の暗殺は、サダムが副大統領時代から行っていたことですが、大統領時代にサダムが始めたのが、国際テロリストの支援です。アラブ民族主義を掲げるサダムが主に支援してきたのは、パレスチナのテロリストたちになります。

 

 

数々の無差別殺戮を起こしたアブ・ニダル

 

テロリストの1人目には、まずアブ・ニダルが挙げられます。彼の組織が引き起こしたテロを以下いくつかピックアップします。

 

・1983年9月、ガルフエア771便を爆破、乗客と乗務員合わせて111人全員を殺害
・1984年、イギリス人外交官ケン・ウィティとパーシー・ノリスをアテネと
ボンベイで殺害
・1985年11月、エジプト航空648便をハイジャック、犯人2人を含む60人が死亡
・1985年12月、ウィーンとローマの空港を同時爆破、18人が殺害され110人が負傷
・1986年、イギリス人ジャーナリストであるアレック・コレットを惨殺
処刑の一部始終を撮影したビデオテープをコレットの遺族に送り付ける

 

 

身内であるパレスチナ人やPLOメンバーも殺害

 

アブ・ニダルが引き起こしたテロの被害者は、欧米人やユダヤ人だけでなく、身内であるはずのパレスチナ人にも及びます。彼はアラファトらPLO首脳部の方針を尽く批判し、各国のPLO代表たちを次々に殺害し、アラファトに対しても殺害を企てるものの失敗し、PLOの欠席裁判で死刑を宣告されています。

 

 

数々のテロ支援国家とつながりのあるアブ・ニダル

 

アブ・ニダルのグループは多い時で150人~200人のメンバーを誇り、カダフィのリビア、アサドのシリア、ソ連、中国、北朝鮮といった数々のテロ支援国家から武器と資金の供与を受け、軍事訓練も受けています。

 

 

在外日本大使館占拠事件も起こしたPFLP

 

サダムのイラクが支援したもう1つの代表的なテロ組織としては、PLOの傘下の組織の1つ、ジョージ・ハバシュやワディ・ハッダードが設立した、PFLPが挙げられます。PFLPの引き起こした事件としては、ヨルダンでの旅客機同時ハイジャック事件や、シンガポールのシェル製油所爆破事件、在クウェート日本大使館占拠事件、イスラエルのロッド空港での無差別乱射による26人の殺害事件(日本赤軍との連携の下での犯行)などが挙げられます。

 


イスラエル軍事法廷で裁かれる日本赤軍のメンバー岡本公三。(池内恵(著)「現代アラブの社会思想」より抜粋)

 


日本赤軍が米国総領事館とスウェーデン大使館を同時に占拠したクアラルンプール事件の光景。この人質テロ事件もまたPFLPとの連携の下で行われています。(池内恵(著)「現代アラブの社会思想」より抜粋)

 

 

日本赤軍やカルロス・ザ・ジャッカルともつながりのあるPFLP

 

PFLPもまた数々のテロ支援国家から支援を受けるだけでなく、ベネズエラ人の国際テロリストであるカルロス・ザ・ジャッカルや、ドイツのバーダーマインホフ、日本赤軍などともつながりのある、やはり悪名高き国際テロ組織です。

 

 

国外に亡命した反対派の暗殺がイギリスとの外交問題に発展

 

国際テロの支援とは少し違いますが、国外に亡命した反対派の暗殺が、イギリスとの外交問題にまで発展した一例を以下に挙げておきます。

 

 

イラク情報部員のイギリスからの国外退去と入国禁止

 

暗殺されたのは、バース党政権樹立の立役者の1人である、アブドゥル・ラッザーク・ナイーフ元首相。彼は亡命先のロンドンのインターコンチネンタルホテルで殺害され、後に国外のイラク軍諜報部のメンバーであるイラク人2人が逮捕されました。これがイギリスとイラクの外交問題に発展し、イギリスはイラク情報部員8人を国外退去、別の3人を入国禁止処分としました。

 

 

ビジネスマンのでっち上げ逮捕と製品輸入禁止でイギリスに対抗

 

これに対し、逆恨みしたイラクはイギリス人外交官をバグダッドから追放し、契約に基づきイラクで就労していたイギリス人ビジネスマンたちがでっち上げのスパイ容疑で告発され、長期の懲役刑にされました。さらに、サダムはイラクとイギリスの経済取引一切を禁止し、イギリス製品の輸入禁止措置を実行に移します。

 

 

両国の外交関係回復後の交渉も決裂に終わる

 

やがて両国の外交関係が回復すると、イギリスはイラクの獄中にいるビジネスマンたちの釈放を要求。これに対しイラクは、ナイーフ元首相の暗殺で投獄されたイラク人情報部員2人を釈放しない限り応じられないと回答し、交渉は決裂に終わることになります。

 

 

国際テロの背後にはサダム・フセインとイラクがいる

 

イラク戦争時にアメリカのブッシュ政権が根拠としたサダムとアルカイダとのつながりというのは、アメリカ側の誤解・事実誤認に過ぎません。しかし一方で上述の通り、フセイン政権のイラクは紛れもなくテロ支援国家でした。イラク戦争を始めたアメリカの行為が是認されるわけではありませんが、イラク戦争による無数の犠牲が、国際テロの背後にはサダムとイラクがいるという、アメリカ側の抱く根強い疑念の下にもたらされてしまったことは確かです。

 

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参考文献

 

湾岸戦争やイラクの現代史についてさらに詳しく知りたい方には、以下の参考文献をお勧めいたします。

反米でも反イラクでもない客観的な筆致で書かれた、日本ではイラクの第一人者である酒井啓子氏の本書は、独立後の王政時代から流血クーデター、バース党独裁から個人独裁に至るイラクの政権の歴史、各時代に置かれたクルド人やシーア派の状況、湾岸戦争後に起きた反政府蜂起に対する弾圧、国連による査察や国内外の反政府活動の動向など、フセイン政権のイラクを俯瞰する上で、最低限これだけは読んでおくべき1冊です。

 

 

こちらは同じ酒井啓子氏による、そもそもサダム・フセイン政権とはどのような構造なのか、について掘り下げた著書になります。バクル大統領の時代からのバース党の独裁体制の変遷、アラブ・スンナ派偏重やティクリート派の位置付け、大統領親族間の権力争い、イラク国民議会の沿革と実際の民意の乖離など、フセイン政権の権力構造とそれを取り巻くファクターについて、詳しく知る上でお勧めです。

 

 

中東情勢に関して第一人者であるイギリスのジャーナリストの著書。基本的にサダム政権に批判的な立場なので、多少の偏りはありますが、かと言って決してサダムを悪魔扱いはせず、様々なルートで得られた各情報が信頼に値するかどうか、慎重に精査して事実を積み上げていることが見て取れます。また、王政時代やカーシム政権とバース党の対立など、サダムが政権を担う前のイラクの歴史をも詳しく知ることができます。

 

 

常にすぐ傍にいた主治医の回想録ということもあり、こちらもサダムを悪魔扱いする内容ではありません。むしろ読み取れるのは、傲慢さや高圧さと一緒に孤独感や気の弱さを併せ持つといった、サダムの複雑な人物像です。またイラクの不幸の原因をサダム1人に擦り付けず、彼の息子たちや側近たち、腐敗した政府の責任もきちんと記している点も、公平な書き方で評価できます。

 

 

こちらはサダムに無理やり愛人にされた女性の回想録。主人公はサダムの愛人扱いされることを嫌がり、自分の人生を破壊したサダムに嫌悪を抱いていますが、一方で初めのうちはサダムに恋心を持っていたように、サダムに対してどこかしら情を抱いており、決してサダムを悪魔のようには描いていません。サダムよりもむしろ、上述の主治医の回想録と同様、イラクの政府の腐敗や、サダムの長男ウダイの残虐さの記述の方が際立っています。

また、パレスチナ人やアラブ・イスラム系のグループが引き起こしたテロに関しては、池内恵氏の以下2冊をお勧めいたします。

 

 

 

日本の多くのアラブ・イスラム系の論者がアラブ・イスラム世界を過剰に美化・崇拝し、欧米にばかり一方的に責任転嫁を行う中、池内恵氏の著書はいずれもそうした悪しき風潮に流されず、アラブ・イスラム世界の病理と閉塞状況を批判的に鋭く分析した文献として読み応えがあります。

 

おすすめ映画

 

湾岸戦争に至る経緯をフセイン政権サイドの視点から知る上では、以下の映画がおすすめです。

サダム・フセインの長男ウダイに無理やりウダイの影武者にさせられた主人公ラティフの苦悩を描いた、実話に基づく内容です。直接的には、残虐極まりない異常人格者ウダイとごく普通の善良な主人公ラティフの対比、両極端の人間を1人2役で演じた主演のドミニク・クーパーの怪演ぶりが一番の見所ですが、湾岸戦争に至る経緯も知ることができます。かなり気が滅入る内容の映画ではありますが、全編緊迫感が漂う見応えある映画ではあるので、一見の価値はあります。

 

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サダム・フセインのような強圧的な独裁者による恐怖政治などなくとも、穏健な王政の下で平和的に成功している国は中近東にきちんとあります。その代表例であるバーレーンとクウェートの見所については、下記記事をご参照ください。

 

 

 

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