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さて、中近東というとどんな国をイメージされるでしょうか?

 

恐らく、イラクやシリアのように紛争やテロで破綻した国のイメージが強いと思います。現在の国家破綻があまりに酷いせいか、サダム・フセインのような独裁者たちが往々にして美化されがちですが、果たしてフセイン政権時代のイラクはそのように美化できる時代だったのでしょうか?

 

現実には、強圧的な独裁政権に依存せずとも、クウェートやバーレーンのように穏健な王政の下で成功している国々は中近東にきちんとあります。中近東の他の穏健な国々との比較も兼ねて、本記事では独裁者サダム・フセインが支配していた時代のイラクについて、考察してみたいと思います。今回は大統領就任に伴い顕著になった恐怖政治、主に政敵の大量処刑について。

 

 

なぜバクルは大統領を辞任したのか

 

1979年7月17日、「健康上の理由」でアフマド・ハサン・アル・バクルが大統領を辞任したことで、ナンバー2だったサダム・フセインが第5代目の大統領になりました。

 

とは言え、バクルが糖尿病を患っていたのは大統領になる前からであり、このタイミングのバクルの辞任に疑問を抱くものは多く、一説にはバクルがシリアと同盟を結ぼうとしていたために、強硬な反シリア派であるサダムが脅迫によって辞任を迫ったとも言われています。

 

 

謎に満ちたバクルの死

 

3年後のバクルの死亡も表向きは病死とされていますが、サダムが医師団に命じて殺害させたとの説もあり、真相は不明。かつての戦友や親族ですら自分の脅威になる者は容赦なく抹殺するサダムの性格を鑑みれば、恩人であるバクルをサダムが殺害していたとしても少しも不思議ではないのですが。

 

 

サダムの大統領時代にさらに強化された恐怖政治

 

さて、文字通り独裁者として最高権力を握ったサダムが、副大統領時代に築き上げたスターリン型の恐怖政治をさらに強化したことは言うまでもありません。以下は副大統領時代の記述との重複は避け、大統領時代に特徴的な事柄をいくつかピックアップしたいと思います。

 

 

「民主的手法」による処刑

 

1979年7月22日、サダムが大統領に就任してからわずか5日後、バース党幹部の臨時会議がアル・フルド・ホールで開催され、約1千名のバース党代議員たちが全国から招集されました。

 

臨時会議の冒頭、サダムが党書記であるムヒー・アブドゥル・フセイン・マシュハディに発言を要請したところ、マシュハディは、自分と仲間たちが長年に渡ってシリアとの統合を企んだ陰謀を張り巡らし、バクル政権の転覆を計画していたのだと「自白」しました。

 

 

予め強要され仕組まれていたマシュハディの「自白」

 

これはこの臨時会議の数日前に、助命と引き換えにサダムの政敵たちの名前を挙げて濡れ衣を着せた「自白」をするか、さもなければマシュハディの目の前で彼の妻子を強姦して殺害した後、マシュハディ自身はイスラエルのスパイの濡れ衣を着せられて処刑されるかという、究極の二者択一を迫られてサダムに脅迫されたことで、マシュハディが命懸けで演じた芝居に過ぎません。

 

 

濡れ衣を着せられ「自白」しても処刑

 

このよくお膳立てされたマシュハディの「自白」により、シリアと結託してバクル政権転覆を図ったという濡れ衣を着せられ、サダムと親しい人物も含めて66名が断罪されます。そして同日に設置された特別法廷により、55名が有罪を宣告され、内22名が「民主的手法」による処刑をされました。

 

要するに、サダムに忠実な現党員たちが、サダムに忠実でない元党員たちを殺戮したわけです。処刑された者の中には、「自白」すれば助命すると約束されたはずの、マシュハディの自身も含まれていました。

 

 

国民の信望が厚いサマライ大佐の処刑

 

アブドゥル・ハーリク・サマライ大佐は、1973年にバクル政権に対するクーデター未遂に連座して挙げられ、長期に渡って政治犯収容所に収容されていました。バース党の創設者の1人で、人格者として国民の信望も厚く、将来的にはバクルの後継者として大統領に最も相応しいと言われていた人物です。

 

73年後のバース党の特別全国会議でサダムに忠実な党員たちから糾弾され挙げられた後、当初からあったクーデターへの彼の関与を疑問視する声も無視され、6年後の1979年、サダムが大統領になったのを機に、マシュハディらと共に処刑されることになりました。

 

 

生き残った者たちにも禍根を残す

 

サダムの恐怖政治を止められる人間は尽く処刑され、後にはサダムに忠実な人間だけが生き残るという構図ですが、「民主的処刑」によって、党員がかつての仲間や友人を糾弾して死に追いやるというやり口は、同じ地域や民族でも、家族や友人でもうかつに信用できないという、不信と亀裂を国中に生むことになります。

 

生き残った者たちにも消し去れない禍根を残す一方で、サダムの恐怖政治の土台は副大統領時代よりさらに強化されることになりました。

 

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参考文献

 

湾岸戦争やイラクの現代史についてさらに詳しく知りたい方には、以下の参考文献をお勧めいたします。

反米でも反イラクでもない客観的な筆致で書かれた、日本ではイラクの第一人者である酒井啓子氏の本書は、独立後の王政時代から流血クーデター、バース党独裁から個人独裁に至るイラクの政権の歴史、各時代に置かれたクルド人やシーア派の状況、湾岸戦争後に起きた反政府蜂起に対する弾圧、国連による査察や国内外の反政府活動の動向など、フセイン政権のイラクを俯瞰する上で、最低限これだけは読んでおくべき1冊です。

 

 

こちらは同じ酒井啓子氏による、そもそもサダム・フセイン政権とはどのような構造なのか、について掘り下げた著書になります。バクル大統領の時代からのバース党の独裁体制の変遷、アラブ・スンナ派偏重やティクリート派の位置付け、大統領親族間の権力争い、イラク国民議会の沿革と実際の民意の乖離など、フセイン政権の権力構造とそれを取り巻くファクターについて、詳しく知る上でお勧めです。

 

 

中東情勢に関して第一人者であるイギリスのジャーナリストの著書。基本的にサダム政権に批判的な立場なので、多少の偏りはありますが、かと言って決してサダムを悪魔扱いはせず、様々なルートで得られた各情報が信頼に値するかどうか、慎重に精査して事実を積み上げていることが見て取れます。また、王政時代やカーシム政権とバース党の対立など、サダムが政権を担う前のイラクの歴史をも詳しく知ることができます。

 

 

常にすぐ傍にいた主治医の回想録ということもあり、こちらもサダムを悪魔扱いする内容ではありません。むしろ読み取れるのは、傲慢さや高圧さと一緒に孤独感や気の弱さを併せ持つといった、サダムの複雑な人物像です。またイラクの不幸の原因をサダム1人に擦り付けず、彼の息子たちや側近たち、腐敗した政府の責任もきちんと記している点も、公平な書き方で評価できます。

 

 

こちらはサダムに無理やり愛人にされた女性の回想録。主人公はサダムの愛人扱いされることを嫌がり、自分の人生を破壊したサダムに嫌悪を抱いていますが、一方で初めのうちはサダムに恋心を持っていたように、サダムに対してどこかしら情を抱いており、決してサダムを悪魔のようには描いていません。サダムよりもむしろ、上述の主治医の回想録と同様、イラクの政府の腐敗や、サダムの長男ウダイの残虐さの記述の方が際立っています。

 

 

おすすめ映画

 

湾岸戦争に至る経緯をフセイン政権サイドの視点から知る上では、以下の映画がおすすめです。

サダム・フセインの長男ウダイに無理やりウダイの影武者にさせられた主人公ラティフの苦悩を描いた、実話に基づく内容です。直接的には、残虐極まりない異常人格者ウダイとごく普通の善良な主人公ラティフの対比、両極端の人間を1人2役で演じた主演のドミニク・クーパーの怪演ぶりが一番の見所ですが、湾岸戦争に至る経緯も知ることができます。かなり気が滅入る内容の映画ではありますが、全編緊迫感が漂う見応えある映画ではあるので、一見の価値はあります。

 

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