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さて、中近東というとどんな国をイメージされるでしょうか?

 

恐らく、イラクやシリアのように紛争やテロで破綻した国のイメージが強いと思います。現在の国家破綻があまりに酷いせいか、サダム・フセインのような独裁者たちが往々にして美化されがちですが、果たしてフセイン政権時代のイラクはそのように美化できる時代だったのでしょうか?

 

現実には、強圧的な独裁政権に依存せずとも、クウェートやバーレーンのように穏健な王政の下で成功している国々は中近東にきちんとあります。中近東の他の穏健な国々との比較も兼ねて、本記事では独裁者サダム・フセインが支配していた時代のイラクについて、考察してみたいと思います。今回はまだサダムが副大統領だった時代に既に築かれていた恐怖政治、イラク国内での反対派の大量処刑について。

 

 

スパイ容疑をかけられた14名の公開処刑

 

サダム・フセインの副大統領時代の恐怖政治はまず、スパイ容疑者の公開処刑から始まりました。


スパイ容疑をかけられた14名の公開処刑場面。(コン・コクリン(著)「サダム―その秘められた人生」より抜粋)

 

 

第3次中東戦争のアラブ諸国連合軍の敗北を利用

 

この時処刑された14名の内、9名はユダヤ系イラク人でした。この処刑は、1967年の第3次中東戦争で、エジプト、シリア、ヨルダン、イラクの連合軍が、イスラエル軍にたった6日間で呆気なく敗退し、アラブ諸国全体に反ユダヤ主義が吹き荒れ、イラクでも集団ヒステリーが吹き荒れるのを背景にして引き起こされたものです。

 

 

集団ヒステリーで異様な熱気に包まれた処刑広場

 

この公開処刑日は祝日とされ、政府の調達したバスによって国中から推定10万人とも言われる見物客が押し掛け、処刑広場は異様な熱気に包まれたと言われます。見物客には家族連れでピクニックのような感覚で来た人も多く、また見物に来られない国民にテレビが例によって処刑の一部始終をお茶の間に垂れ流しました。

 


同じくスパイ容疑をかけられた14名の公開処刑場面。(コン・コクリン(著)「サダム―その秘められた人生」より抜粋)

 

 

実際のスパイ事件を後知恵に用いての情報操作

 

この14名の処刑は、1966年にイスラエル人の本物のスパイがバクダッドのホテルで殺害された事件を、サダムが情報操作して利用したものです。66年当時、サダムはこの事件のことを公表しませんでしたが、バクルが大統領になり、サダムが副大統領になった69年のタイミングで初めて、サダムはこの事件を公表しました。

 

 

濡れ衣を着せられての公開処刑

 

ただし、容疑者の数は66年当時より増えており、実際にはスパイ事件には何ら関与していないにも関わらず、サダムの政権に脅威となるライバルだというだけで濡れ衣を着せられ処刑された人もおり、政敵やライバル、少しでも政権に脅威になる者は殺してでも排除するという、サダムのスターリン型の恐怖政治の土台がここで築かれたことになります。

 

 

血縁者や盟友の粛清・処刑

 

サダムの恐怖政治の非道を最も象徴しているのが、単に政敵やライバルを虐殺するだけでなく、かつての血縁者や盟友さえも容赦なく抹殺したことでしょう。実際、サダムに抹殺された人間の中には、サダムと同じティクリート出身で、かつバクル大統領の縁戚である者も数多く含まれています。

 

 

亡命や投獄を共にした無二の盟友も殺害

 

抹殺された者の中でもサダムに最も親しかった人物としては、アブドゥル・カリーム・アル・シャイフリが挙げられるでしょう。彼はサダムと同様にカーシム暗殺未遂の実行犯であり、サダムとともにシリアやエジプトに亡命し、帰国後はサダムとともに再びアーリフ暗殺未遂の実行犯にもなり、同じ刑務所に投獄され、脱獄も一緒に実行した、いわば紛れもなくサダムの長年の戦友です。

 

しかしそんな戦友であるはずのシャイフリでさえ、バース党政権内で順調に出世を遂げたことがサダムの目には脅威に映り、まずは外相を解任されて国連大使に降格、そしてサダムが大統領になった1980年に、バクダッドの郵便局でサダムが放った諜報機関のメンバーに襲われて殺害されました。

 


アーリフ大統領の暗殺未遂により投獄されていた当時の、サダム(後列の右から二番目)、シャイフリ(前列の一番右)、仲間たち。シャイフリを含む仲間たちの殆どが、サダムの命令で後に処刑されています。(コン・コクリン(著)「サダム―その秘められた人生」より抜粋)

 

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参考文献

 

湾岸戦争やイラクの現代史についてさらに詳しく知りたい方には、以下の参考文献をお勧めいたします。

反米でも反イラクでもない客観的な筆致で書かれた、日本ではイラクの第一人者である酒井啓子氏の本書は、独立後の王政時代から流血クーデター、バース党独裁から個人独裁に至るイラクの政権の歴史、各時代に置かれたクルド人やシーア派の状況、湾岸戦争後に起きた反政府蜂起に対する弾圧、国連による査察や国内外の反政府活動の動向など、フセイン政権のイラクを俯瞰する上で、最低限これだけは読んでおくべき1冊です。

 

 

こちらは同じ酒井啓子氏による、そもそもサダム・フセイン政権とはどのような構造なのか、について掘り下げた著書になります。バクル大統領の時代からのバース党の独裁体制の変遷、アラブ・スンナ派偏重やティクリート派の位置付け、大統領親族間の権力争い、イラク国民議会の沿革と実際の民意の乖離など、フセイン政権の権力構造とそれを取り巻くファクターについて、詳しく知る上でお勧めです。

 

 

中東情勢に関して第一人者であるイギリスのジャーナリストの著書。基本的にサダム政権に批判的な立場なので、多少の偏りはありますが、かと言って決してサダムを悪魔扱いはせず、様々なルートで得られた各情報が信頼に値するかどうか、慎重に精査して事実を積み上げていることが見て取れます。また、王政時代やカーシム政権とバース党の対立など、サダムが政権を担う前のイラクの歴史をも詳しく知ることができます。

 

 

常にすぐ傍にいた主治医の回想録ということもあり、こちらもサダムを悪魔扱いする内容ではありません。むしろ読み取れるのは、傲慢さや高圧さと一緒に孤独感や気の弱さを併せ持つといった、サダムの複雑な人物像です。またイラクの不幸の原因をサダム1人に擦り付けず、彼の息子たちや側近たち、腐敗した政府の責任もきちんと記している点も、公平な書き方で評価できます。

 

 

こちらはサダムに無理やり愛人にされた女性の回想録。主人公はサダムの愛人扱いされることを嫌がり、自分の人生を破壊したサダムに嫌悪を抱いていますが、一方で初めのうちはサダムに恋心を持っていたように、サダムに対してどこかしら情を抱いており、決してサダムを悪魔のようには描いていません。サダムよりもむしろ、上述の主治医の回想録と同様、イラクの政府の腐敗や、サダムの長男ウダイの残虐さの記述の方が際立っています。

 

 

おすすめ映画

 

湾岸戦争に至る経緯をフセイン政権サイドの視点から知る上では、以下の映画がおすすめです。

サダム・フセインの長男ウダイに無理やりウダイの影武者にさせられた主人公ラティフの苦悩を描いた、実話に基づく内容です。直接的には、残虐極まりない異常人格者ウダイとごく普通の善良な主人公ラティフの対比、両極端の人間を1人2役で演じた主演のドミニク・クーパーの怪演ぶりが一番の見所ですが、湾岸戦争に至る経緯も知ることができます。かなり気が滅入る内容の映画ではありますが、全編緊迫感が漂う見応えある映画ではあるので、一見の価値はあります。

 

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サダム・フセインのような強圧的な独裁者による恐怖政治などなくとも、穏健な王政の下で平和的に成功している国は中近東にきちんとあります。その代表例であるバーレーンとクウェートの見所については、下記記事をご参照ください。

 

 

 

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