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さて、中近東というとどんな国をイメージされるでしょうか?

 

恐らく、イラクやシリアのように紛争やテロで破綻した国のイメージが強いと思います。現在の国家破綻があまりに酷いせいか、サダム・フセインのような独裁者たちが往々にして美化されがちですが、果たしてフセイン政権時代のイラクはそのように美化できる時代だったのでしょうか?

 

現実には、強圧的な独裁政権に依存せずとも、クウェートやバーレーンのように穏健な王政の下で成功している国々は中近東にきちんとあります。中近東の他の穏健な国々との比較も兼ねて、本記事では独裁者サダム・フセインが支配していた時代のイラクについて、考察してみたいと思います。今回はまだサダムが副大統領だった時代に既に築かれていた、後のサダム・フセイン政権にもつながる政治の功罪について。

 

 

実質的に最高権力者だった副大統領時代(1969年~1979年)

 

表向きにはバース党内でバクルに次ぐナンバー2であっても、実質的には最高権力者としてのサダムの立場は副大統領時代に確立されたと言えるでしょう。

 

副大統領時代のサダムは、バース党が確実にイラクで政権を担い続けていられるだけでなく、他の政党を排除し、バース党がイラクで唯一の政党でい続けることができるよう、後の大統領時代のスターリン型の恐怖政治の土台を確立しました。それと同時に、近代国家としてのイラクの土台が築かれたのもこの時代です。

 

 

サダム・フセインの副大統領時代の功罪(功の内容)

 

サダムの副大統領時代に、イラクは良くも悪くも大きく変容を遂げたと言えます。以下、まずはサダムの副大統領時代になされた功の内容を箇条書きで列記させて頂きます。

 

・石油産業の再度の国有化と石油価格の暴騰による福祉国家の確立
・大学、学校、高速道路、発電所、上下水道、家屋、アパートの建設と
全国的な普及
・病院と診療所、医療技術と医療機器の全国的な普及と、全ての医療と
医療品の無料化
・電気の全国的な普及と、冷蔵庫やテレビへの補助金の支給
・生活水準の向上と、失業率の低下
・識字率の向上
・女性の社会進出と名誉殺人の非合法化

 

 

サダム・フセインの副大統領時代の功罪(罪の内容)

 

一方で、サダムが副大統領時代になした政治の罪の内容を箇条書きにすると下記のようになります。

 

・王政時代からの国内治安部隊である国家内務治安局アムン・アル・アンムの
再編成
・バース党諜報組織であるムハーバラートの設立
・軍隊の監視と海外の反体制派の暗殺等の国外活動を担うイスティムバー
ラートの設立
・大統領直属の秘密警察であり特殊治安部隊であるアムン・アル・ハッスの設立
・政府省庁や軍内部への密告者であるコミッサール(政治統制委員)による
監視と盗聴
・「人民の敵」を弁護士なしに裁くための「革命法廷」の設置
・反ユダヤ主義の蔓延と扇動
・スパイ容疑をかけられた14名の公開処刑
・国民的信望の厚く次期大統領候補とされていたアブドゥル・ハーリク・サマライ
大佐の処刑
・サダムやバース党政権に脅威を与えるとみなされた数千人の人々の拷問・処刑
・共産党とシーア派の粛清・大量処刑
・クルド人の反乱の鎮圧及びムスタファ・バルザーニーの暗殺未遂と追放
・国外の反対派及びライバルの暗殺
・血縁者や盟友の粛清・処刑

 

 

副大統領時代に築かれた後の大統領時代の土台

 

こうして列記してみると、後に大統領となってからのサダムの時代の土台と言えるものの多くが、副大統領時代に既に築かれていたことが見て取れます。

 

サダムの功と罪である、イラクの近代化、スターリン型の恐怖政治、のいずれを重視するかで、サダムに対する評価は恐らく分かれるでしょう。日本でのサダムを美化・崇拝する類の主張も、前者に重きを置いているものと言えます。

 


談笑する1978年11月当時のサダム・フセイン(左)とバクル大統領(右)。この8か月後、バクロは「健康上の理由」で大統領を辞任し、サダムが第5代目の大統領となります。(アラ・バシール(著)「裸の独裁者サダム」より抜粋)

 

 

イラン・イラク戦争と湾岸戦争で無に帰した功の内容

 

しかし、サダムやバクルが行った近代化政策は、石油収入を背景とした、湾岸アラブ諸国においてはありがちなもので、イラク独自のオリジナリティのようなものは殆ど見出せません。

 

なおかつ、サダムの副大統領時代に築かれた近代化の土台は、後にサダムがイラン・イラク戦争や湾岸戦争を引き起こしたことで、尽く無に帰しています。また女性の社会進出や名誉殺人の非合法化も、湾岸戦争後にサダムがイスラム路線への回帰を推し進め、名誉殺人を合法化してしまったことで無に帰しています。

 

 

やはり否定的な評価しかできないサダム・フセイン

 

これらを踏まえ、かつスターリン型の恐怖政治がサダムの大統領時代にさらに強化され、何十万人という犠牲がもたらされたことを鑑みれば、やはりサダム・フセインという人物を好意的に評価することはできないと考えます。

 

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参考文献

 

湾岸戦争やイラクの現代史についてさらに詳しく知りたい方には、以下の参考文献をお勧めいたします。

反米でも反イラクでもない客観的な筆致で書かれた、日本ではイラクの第一人者である酒井啓子氏の本書は、独立後の王政時代から流血クーデター、バース党独裁から個人独裁に至るイラクの政権の歴史、各時代に置かれたクルド人やシーア派の状況、湾岸戦争後に起きた反政府蜂起に対する弾圧、国連による査察や国内外の反政府活動の動向など、フセイン政権のイラクを俯瞰する上で、最低限これだけは読んでおくべき1冊です。

 

 

こちらは同じ酒井啓子氏による、そもそもサダム・フセイン政権とはどのような構造なのか、について掘り下げた著書になります。バクル大統領の時代からのバース党の独裁体制の変遷、アラブ・スンナ派偏重やティクリート派の位置付け、大統領親族間の権力争い、イラク国民議会の沿革と実際の民意の乖離など、フセイン政権の権力構造とそれを取り巻くファクターについて、詳しく知る上でお勧めです。

 

 

中東情勢に関して第一人者であるイギリスのジャーナリストの著書。基本的にサダム政権に批判的な立場なので、多少の偏りはありますが、かと言って決してサダムを悪魔扱いはせず、様々なルートで得られた各情報が信頼に値するかどうか、慎重に精査して事実を積み上げていることが見て取れます。また、王政時代やカーシム政権とバース党の対立など、サダムが政権を担う前のイラクの歴史をも詳しく知ることができます。

 

 

常にすぐ傍にいた主治医の回想録ということもあり、こちらもサダムを悪魔扱いする内容ではありません。むしろ読み取れるのは、傲慢さや高圧さと一緒に孤独感や気の弱さを併せ持つといった、サダムの複雑な人物像です。またイラクの不幸の原因をサダム1人に擦り付けず、彼の息子たちや側近たち、腐敗した政府の責任もきちんと記している点も、公平な書き方で評価できます。

 

 

こちらはサダムに無理やり愛人にされた女性の回想録。主人公はサダムの愛人扱いされることを嫌がり、自分の人生を破壊したサダムに嫌悪を抱いていますが、一方で初めのうちはサダムに恋心を持っていたように、サダムに対してどこかしら情を抱いており、決してサダムを悪魔のようには描いていません。サダムよりもむしろ、上述の主治医の回想録と同様、イラクの政府の腐敗や、サダムの長男ウダイの残虐さの記述の方が際立っています。

 

 

おすすめ映画

 

湾岸戦争に至る経緯をフセイン政権サイドの視点から知る上では、以下の映画がおすすめです。

サダム・フセインの長男ウダイに無理やりウダイの影武者にさせられた主人公ラティフの苦悩を描いた、実話に基づく内容です。直接的には、残虐極まりない異常人格者ウダイとごく普通の善良な主人公ラティフの対比、両極端の人間を1人2役で演じた主演のドミニク・クーパーの怪演ぶりが一番の見所ですが、湾岸戦争に至る経緯も知ることができます。かなり気が滅入る内容の映画ではありますが、全編緊迫感が漂う見応えある映画ではあるので、一見の価値はあります。

 

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