こんにちは。旅行で台湾に行かれた際の参考になればと思い、台湾で今なお最も尊敬されている日本人である八田與一技師と、彼が主導で築いた烏山頭ダムと嘉南大圳に関する歴史考察の記事を書かせて頂きます。

日中戦争と太平洋戦争による烏山頭の幸せな日々の崩壊

大事故が起こり、多くの人が亡くなりつつも、日本人と台湾人が共に同じ目標・夢に向かって働き、家族も交えて一緒に暮らしていた烏山頭。植民地時代の全てを肯定できるわけはもちろんありませんが、烏山頭のような幸せな場所と時代が存在していたのは間違いないでしょう。ですがその幸せは、日本の政府と軍部が引き起こした愚かな戦争によって、崩壊してしまいます。

軍艦・大洋丸の爆発・沈没による八田與一技師の最期

嘉南大圳の完工後、日本軍は中国や東南アジア諸国に侵略し、日本と台湾の両方で軍国主義の嵐が吹き荒れ、多くの人たちが否応なしに徴兵されます。八田與一も総督府の技師として戦時下のフィリピンでの灌漑調査を命じられ、戦争末期の1942年、軍艦・大洋丸で下関からフィリピンまで航海する途上、アメリカの潜水艦の魚雷攻撃に見舞われ、大洋丸が爆発・沈没し、八田與一技師は亡くなりました。享年56歳でした。

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烏山頭ダムのダム湖のすぐ傍にある八田與一技師の銅像と、八田夫妻の墓。(烏山頭を訪問時に撮影)。

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八田夫妻の墓が置かれた八田墓園。(烏山頭を訪問時に撮影)。

夫の死と敗戦の絶望による八田外代喜夫人の自殺

與一の死が烏山頭の人たちに深い悲しみをもたらしたことは言うまでもありませんが、妻・外代喜の悲しみは年月が経つにつれてますます深まり、癒されることがなく、表情は暗くなり、口数も減り、笑顔を浮かべることもなくなりました。そして1945年に日本は敗戦を迎え、国民党政権によって、日本人の財産没収と強制送還が決定されます。結婚し、子供を産み育て、現地の多くの人たちと交流を深めた台湾を追放されることに絶望した外代喜夫人は、夫の後を追うかのように、放水口に身を投げて自殺し、亡くなりました。享年41歳でした。

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烏山頭の麓にある八田家の住居に設置された外代喜夫人の銅像。(烏山頭を訪問時に撮影)。

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外代喜夫人が身を投げて自殺した放水口。(烏山頭を訪問時に撮影)。

「もしも」日中戦争や太平洋戦争がなければ

歴史に「もしも」はないと言われますが、もしも日本の政府や軍部があんな愚かな戦争へと暴走することさえなければ、八田與一技師が死ぬことはなかったでしょうし、外代喜夫人が死ぬこともなかったでしょうし、もしかしたら植民地支配が終わった後も、八田家と台湾の人たちとの交流が形を変えて続いていたかもしれません。

八田夫妻の志が嘉南平原に受け継がれることを祈って

かけがえのない八田夫妻を失い、深い悲しみに襲われた嘉南平原と烏山頭ですが、戦後も夫妻の志は子供たちや嘉南農田水利協会の人たちに受け継がれました。嘉南平原はかつて、雨季には洪水に見舞われ、乾季には塩害と干ばつに見舞われ、水を汲むためだけに曽文渓まで5時間かけて出かけなくてはならなかった過酷な土地でしたが、多くの人たちの努力によって台湾有数の穀倉に生まれ変わり、今なお農作物が豊かな土地であり続けています。

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烏山頭ダムのダム湖の光景。(烏山頭を訪問時に撮影)。

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嘉南大圳の建設工事の過程で亡くなられた全ての人々の慰霊碑。(烏山頭を訪問時に撮影)。

八田夫妻のご冥福と、嘉南大圳の建設工事の過程で亡くなられた全ての方々のご冥福をお祈りすると同時に、これからも八田夫妻の志が受け継がれ、嘉南平原が豊かな土地であり続けることを、心からお祈り申し上げます。

参考文献

台湾で最も尊敬されている八田與一技師について、さらに詳しいことにご興味がある方は、古川勝三氏の「台湾を愛した日本人」を読んでみてください。

與一を取り巻く多くの人たちのことを知ることができ、また、職場では厳格な一方で家族には優しく、囲碁と将棋が大好きでとにかく負けることを嫌った八田與一の微笑ましい一面を垣間見ることもできます。工事に関わった台湾人たちの、八田夫妻に対する素直な気持ちに触れることもできますし、工事に関する貴重な写真も多数見ることができます。土木や農業に関する専門的・技術的な記述もかなり充実しています。

また、あまりに専門的で細かい事柄はともかく、八田與一の人となりや工事の経緯を手っ取り早く知りたいという方には、小学館の漫画を読まれることをお勧めいたします。

小学館版学習まんが 八田與一
平良 隆久
小学館
2011-05-27



漫画とは思えないほど内容は深みがあって充実していますし、工事の風景に関する貴重な写真の数々に限っては、むしろ先の古川氏の著書よりも充実しているような気がします。

ついでに、今は亡き司馬遼太郎氏の著書「街道をゆく―台湾紀行」にも、八田與一のことがわずかではありますが書かれています。

街道をゆく 40 台湾紀行
司馬遼太郎
朝日新聞出版
2015-02-05



八田與一のことだけを知りたい方には物足りないかと思いますが、台湾という国に対する司馬氏の深い造詣はても読み応えがあるので、是非一読をお勧めいたします。

また、八田與一の記述はないものの、これまでの台北や高雄の記事の内容にも大いに参考にさせて頂いた、台湾という国に対しての入門書としては、以下の親書をお勧めいたします。

台湾 四百年の歴史と展望 (中公新書)
伊藤潔
中央公論新社
2013-11-08



台湾に関する歴史書というと、韓国や中国に関する書籍と似ていて、イデオロギーを前面に打ち出すというか先行させて全肯定か全否定のどちらかに内容が偏り過ぎているような役に立たない本が多いのですが、これはどちらにも偏らない、客観的・中立的な視点で書かれた優れた入門書だと思います。

映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」のサブストーリー

この映画は、台湾初の三民族混成の高校野球チーム、嘉義農林ことKANOの甲子園での躍進を描いた、実話をベースにした映画です。メインは野球チームの話ですが、八田與一と嘉南大圳の話がサブストーリーとして描かれ、烏山頭ダムからの放流シーンもあります。映画を未見の方には是非この映画を一度はご覧になって頂き、できれば烏山頭ダムを訪れて、KANOだけでなく、八田與一技師や嘉南大圳についても、想いを馳せて頂きたいと思います。

KANO~1931 海の向こうの甲子園~ [DVD]
永瀬正敏
アニプレックス
2015-08-05


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