こんにちは。旅行で台湾に行かれた際の参考になればと思い、台湾で今なお最も尊敬されている日本人である八田與一技師と、彼が主導で築いた烏山頭ダムと嘉南大圳に関する歴史考察の記事を書かせて頂きます。

多くの人々が事故や伝染病で亡くなった嘉南大圳の建設工事

嘉南大圳の建設工事は、多くの日本人と台湾人が一緒に働く尊い仕事であったと同時に、多くの人が事故や伝染病で亡くなった出来事でもあります。

八田與一も彼の下で働く技術者たちも、決して労働者たちを捨て駒に扱うような人たちではありません。本来事故は起きてはならないものですが、しかし現在の日本の工事現場でも、安全に最新の注意を払っていながらもどうしても年間に何件かは事故が起きてしまい、最悪の場合には犠牲者が出てしまいます。まして嘉南大圳の工事が行われたのは戦前の台湾。安全対策もそのための設備も現在よりは遥かに劣るものであり、技術者も労働者も安全意識が今よりは低かった時代です。

安全意識や安全対策の低さが取り返しのつかない大事故に

そんな中で最初の事故が起こり、トンネル内に噴出した石油ガスが、労働者が用いていたランタンの炎に引火して大爆発となり、50人以上が犠牲になりました。労働者の中には、石油ガスがトンネル内に漏洩しているのを知りながら上司に報告せず、石油を自宅に持ち帰って燃料にしていた人も多く、また監督技術者たちも別に大したことではないと考え、與一に報告せずに工事を進めてしまっていました。現在ならそもそも工事現場を照らすのにランタンなど使わないですが、こうした安全意識や安全対策の低さが、取り返しのつかない大事故につながったと言えます。

八田與一を立ち直らせた犠牲者の家族たちの真摯な訴え

報告を受けず、石油ガス漏洩の事実を知らなかったとはいえ、大事故が起きてしまった責任が、施工監理のトップである與一にもあるのは確かです。自責の念と罪悪感に駆られ、工事が再開されても落ち込みが酷く、工事を諦めることまで考えていた與一が立ち直れたのは、「亡くなった人たちの死を無駄にしないためにも、嘉南平原の農民たちの生活が良くなるためにも、決して工事から手を引かないでほしい」という、技術者や労働者たち、農民たち、そして亡くなった犠牲者の家族たちの真摯な訴えでした。

事故や伝染病で130人が犠牲に

事故以外にも、マラリアを始めとする風土病や、コレラや赤痢などの伝染病をはじめ、様々な原因で職員やその家族が亡くなり、先の事故も含めて、犠牲になった人は130人にのぼるとされています。

不幸な犠牲者たちの上に築かれた嘉南平原の発展

誰も犠牲にならないことが最良であることは間違いないのですが、とても悲しいことではあるものの、結局のところ、何かが築かれる、誰かが幸せになるということは、別の誰かが犠牲になり、別の何かが失われた結果だということなのかもしれません。
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烏山頭ダム付近にある、事故や伝染病で亡くなられた人々のための慰霊碑。(烏山頭の訪問時に撮影)。

ただ、別にだから犠牲者が出てもいいということには決してなりませんが、不幸な亡くなり方をされた人たちも、紛れもなく人格者だった八田與一・外代喜夫妻の下で、嘉南平原の発展という大きな夢を持って働くことができたことだけは、幸せなことだったはずだと思います。

参考文献

台湾で最も尊敬されている八田與一技師について、さらに詳しいことにご興味がある方は、古川勝三氏の「台湾を愛した日本人」を読んでみてください。

與一を取り巻く多くの人たちのことを知ることができ、また、職場では厳格な一方で家族には優しく、囲碁と将棋が大好きでとにかく負けることを嫌った八田與一の微笑ましい一面を垣間見ることもできます。工事に関わった台湾人たちの、八田夫妻に対する素直な気持ちに触れることもできますし、工事に関する貴重な写真も多数見ることができます。土木や農業に関する専門的・技術的な記述もかなり充実しています。

また、あまりに専門的で細かい事柄はともかく、八田與一の人となりや工事の経緯を手っ取り早く知りたいという方には、小学館の漫画を読まれることをお勧めいたします。

小学館版学習まんが 八田與一
平良 隆久
小学館
2011-05-27



漫画とは思えないほど内容は深みがあって充実していますし、工事の風景に関する貴重な写真の数々に限っては、むしろ先の古川氏の著書よりも充実しているような気がします。

ついでに、今は亡き司馬遼太郎氏の著書「街道をゆく―台湾紀行」にも、八田與一のことがわずかではありますが書かれています。

街道をゆく 40 台湾紀行
司馬遼太郎
朝日新聞出版
2015-02-05



八田與一のことだけを知りたい方には物足りないかと思いますが、台湾という国に対する司馬氏の深い造詣はても読み応えがあるので、是非一読をお勧めいたします。

また、八田與一の記述はないものの、これまでの台北や高雄の記事の内容にも大いに参考にさせて頂いた、台湾という国に対しての入門書としては、以下の親書をお勧めいたします。

台湾 四百年の歴史と展望 (中公新書)
伊藤潔
中央公論新社
2013-11-08



台湾に関する歴史書というと、韓国や中国に関する書籍と似ていて、イデオロギーを前面に打ち出すというか先行させて全肯定か全否定のどちらかに内容が偏り過ぎているような役に立たない本が多いのですが、これはどちらにも偏らない、客観的・中立的な視点で書かれた優れた入門書だと思います。

映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」のサブストーリー

この映画は、台湾初の三民族混成の高校野球チーム、嘉義農林ことKANOの甲子園での躍進を描いた、実話をベースにした映画です。メインは野球チームの話ですが、八田與一と嘉南大圳の話がサブストーリーとして描かれ、烏山頭ダムからの放流シーンもあります。映画を未見の方には是非この映画を一度はご覧になって頂き、できれば烏山頭ダムを訪れて、KANOだけでなく、八田與一技師や嘉南大圳についても、想いを馳せて頂きたいと思います。

KANO~1931 海の向こうの甲子園~ [DVD]
永瀬正敏
アニプレックス
2015-08-05


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