こんばんは。旅行で台湾に行かれた際の参考になればと思い、台湾で今なお最も尊敬されている日本人である八田與一技師と、彼が主導で築いた烏山頭ダムと嘉南大圳に関する歴史考察の記事を書かせて頂きます。

なぜ八田與一技師は台湾の人々の深い尊敬を集めるのか

日本人が尽く強制送還され、反日政策が徹底した戦後間もない国民党政権の時代に、台湾の地元の人たちだけによって銅像と墓が守られ続けるほどに、今なお台湾の人たちから最も尊敬されている八田與一技師。ここまで八田技師が尊敬され慕われるのは、以下のような4つの理由によると思います。

類稀な勤勉さと高い技術力

当時の日本では知る人が皆無だったセミ・ハイドロリックフィル工法による、東洋最大の灌漑設備の設計・施工監理を主導した人物ですから、高い技術力は言わずもがなですが、そうした高い技術力を可能にしたのは、與一の勤勉さにあります。

東洋で前例がなく、土木先進国のアメリカでも数例にしか過ぎなかったセミ・ハイドロリックフィル工法に関する論文を読みこなし、日が昇る前の朝5時には測量や実地調査のために嘉南平原に出発し、夜になると調査結果に基づいて設計・計画・予算案作成を繰り返し、毎日睡眠時間は3~4時間という超人的な勤勉さでした。與一のこうした勤勉さは、当然彼の下で働く日本人技術者や、台湾の労働者や地元の農民たちも目の当たりにしており、多くの人を感嘆させたはずです。

信念と意志を貫く姿勢

烏山頭ダムの工事では、スチームショベルやエアダンプカーなどの大量の土木機械が導入されましたが、当初日本人技術者も台湾人の労働者も土木機械の扱い方を全く知りませんでした。人力で工事をさせてほしいという部下たちの要望を退け、時間をかけてでも機械の扱い方を習得するよう激励して指導した與一の姿勢には、「外国人に使えるのに日本人や台湾人に使えないはずがない」という与一の強い信念、意志を貫く姿勢を垣間見ることができます。実際、最初は嫌がっていた台湾の労働者たちも、時間をかけて習得したことで熟練工に相応しい技能を習得しました。

徹底した三現主義と柔軟性

與一が技術者として優れているのは、既存の工法や技術をそのまま真似するのではなく、それらを十分理解した上で、三現主義(現場で、現物を見て、現実的に考える)によって台湾の実地に合った形で応用し、発展させてところにあります。

セミ・ハイドロリックフィル工法の権威であるアメリカのジャスティン技師が現地を視察し、中心コンクリートコアや余水吐の改善を進言したのに対し、現場を再確認した上で、これで問題ないとして日本語と英語の両方で反駁書を書き上げたという逸話には、與一のそうした姿勢がよく表れています。

一方で、当初設計の段階ではシールド工法でトンネルを掘り進めることを考えていたものの、アメリカに渡航して現地で現物を見ることで、シールド工法を断念してドイツ式工法に切り替えたように、自分の意志を貫くだけでなく、他者の意見や考えを取り入れる柔軟性もきちんと持っています。

自分の技術や分野だけにとらわれない人格者

八田與一が今日なお台湾で最も尊敬される日本人であり続けるのは、この人格者としての面が最も大きいと思います。

日本人と台湾人を決して差別しなかったのは至極当然ですが、家族の元気な姿を日々見ながら職員たちが安心して働けるように、烏山頭に職員と家族が住む街をも築いたこと、関東大震災による財政不足から大幅なリストラを迫られた際に、能力の低い人たちが路頭に迷わないように能力の高い人たちを説得した上で敢えて解雇し、責任をもって彼らの再就職先を見つけたことなどは、決して昨今のブラック企業の経営者たちのように人間を捨て駒や消耗品として扱うことのない、與一の人格者としての姿を垣間見ることができます。

また、「工学はそれを用いる受益者のためにある」という信念に基づき、嘉南平原を3つに分け、1年ごとに給水区域を変えて輪作する方法を提案し、農民たちを自ら説得し続けたことには、決して自分の技術や分野だけにとらわれず、嘉南平原全体の農業の改善のことをも考えた、與一の人格者としての信念や姿勢を垣間見ることができます。

八田與一の真摯な姿勢が台湾の農民の心も変えていった

こうした與一の技術者・人格者としての真摯な姿勢が、與一の工事計画に当初は反対していた総督府の人たちの考えを変えさせ、清の時代に役人たちに騙され続け、日本の役人など信頼できないとして当初は不信感を持っていた農民たちの心をも、変えていくことになります。

参考文献

台湾で最も尊敬されている八田與一技師について、さらに詳しいことにご興味がある方は、古川勝三氏の「台湾を愛した日本人」を読んでみてください。

與一を取り巻く多くの人たちのことを知ることができ、また、職場では厳格な一方で家族には優しく、囲碁と将棋が大好きでとにかく負けることを嫌った八田與一の微笑ましい一面を垣間見ることもできます。工事に関わった台湾人たちの、八田夫妻に対する素直な気持ちに触れることもできますし、工事に関する貴重な写真も多数見ることができます。土木や農業に関する専門的・技術的な記述もかなり充実しています。

また、あまりに専門的で細かい事柄はともかく、八田與一の人となりや工事の経緯を手っ取り早く知りたいという方には、小学館の漫画を読まれることをお勧めいたします。

小学館版学習まんが 八田與一
平良 隆久
小学館
2011-05-27



漫画とは思えないほど内容は深みがあって充実していますし、工事の風景に関する貴重な写真の数々に限っては、むしろ先の古川氏の著書よりも充実しているような気がします。

ついでに、今は亡き司馬遼太郎氏の著書「街道をゆく―台湾紀行」にも、八田與一のことがわずかではありますが書かれています。

街道をゆく 40 台湾紀行
司馬遼太郎
朝日新聞出版
2015-02-05



八田與一のことだけを知りたい方には物足りないかと思いますが、台湾という国に対する司馬氏の深い造詣はても読み応えがあるので、是非一読をお勧めいたします。

また、八田與一の記述はないものの、これまでの台北や高雄の記事の内容にも大いに参考にさせて頂いた、台湾という国に対しての入門書としては、以下の親書をお勧めいたします。

台湾 四百年の歴史と展望 (中公新書)
伊藤潔
中央公論新社
2013-11-08



台湾に関する歴史書というと、韓国や中国に関する書籍と似ていて、イデオロギーを前面に打ち出すというか先行させて全肯定か全否定のどちらかに内容が偏り過ぎているような役に立たない本が多いのですが、これはどちらにも偏らない、客観的・中立的な視点で書かれた優れた入門書だと思います。

映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」のサブストーリー

この映画は、台湾初の三民族混成の高校野球チーム、嘉義農林ことKANOの甲子園での躍進を描いた、実話をベースにした映画です。メインは野球チームの話ですが、八田與一と嘉南大圳の話がサブストーリーとして描かれ、烏山頭ダムからの放流シーンもあります。映画を未見の方には是非この映画を一度はご覧になって頂き、できれば烏山頭ダムを訪れて、KANOだけでなく、八田與一技師や嘉南大圳についても、想いを馳せて頂きたいと思います。

KANO~1931 海の向こうの甲子園~ [DVD]
永瀬正敏
アニプレックス
2015-08-05


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