太平洋戦争の激戦地だったコレヒドール島の記念館の展示から読み解く日本軍の空爆で破壊されたコミュニティ

こんにちは。今日も私の記事を訪問してくださりありがとうございます。今回は太平洋戦争の激戦地だったコレヒドール島の太平洋戦争記念館にある米軍関連の展示を元に、戦前にコレヒドール島内に存在したコミュニティの光景と、それが日本軍の侵攻と空爆によって破壊されていくまでを読み解く記事を書かせて頂きます。

 

 

アメリカ政府の援助で建設された太平洋戦争記念館

 

コレヒドール島内中央の最も標高の高い場所には、1968年にアメリカ政府の巨額のODAにより建設された太平洋戦争記念館があり、記念館の真横にある博物館では、スペイン植民地時代から続いた、当時のコミュニティの写真などが展示されています。

こちらが太平洋戦争記念館建物の外観。

 

そしてこちらは記念館の真横にある博物館になります。

 

博物館内の展示の様子です。米軍関連の展示の方が多いですが、もちろん日本軍関連の展示も多数あります。

 

 

スペイン植民地時代の村からアメリカ時代も続いたコミュニティ

 

博物館内には、太平洋戦争の前には確かに存在した、島内のコミュニティ(村)の写真が展示されています。

 

小規模ながらも確かにかつてはコミュニティが存在し、コミュニティがスペイン植民地時代からアメリカ植民地時代まで続いていたことが分かります。残念ながら島内のコミュニティは日本軍の空爆で破壊されてしまい、戦争後の現在では全く残されていません。

 

戦前から戦中にかけて走っていた路面電車。こちらも現在では全く残されていません。現在の島内を走っている観光用のトラムは当時の路面電車とは全くの別物です。

 

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日本軍の空爆で破壊される前の建物

 

また、当時の米軍兵舎、病院、映画館などの、日本軍に空爆で破壊される前の、健在だった頃の写真もあります。

 

 

 

いずれの施設も日本軍の侵攻と空爆で破壊されてしまい、現在は全く残されていません。島内には、日本軍の空爆で破壊された廃墟だけが残されており、いずれも施設として稼働していた当時の外観は全く分からなくなっています。

 

太平洋記念館からさほど離れていない場所にある、日本軍の空爆で破壊された病院跡。

 

同じく、日本軍の空爆で破壊された映画館跡です。

 

 

日本軍の空爆で太平洋戦争の激戦地に

 

要塞化が進められてはいたものの、戦前は平和だったコレヒドール島。しかし1941年12月24日の米軍司令部のマニラからの移転と、マッカーサーたちの逃亡を察知したことによる12月29日からの日本軍の空爆により、島は激戦地となります。

 

日本軍の爆撃機に向けて砲撃を加える米軍の大砲(高射砲)の写真。しかし、日本の爆撃機が高度2万フィート(約6000メートル)上空を編隊で飛来するのに対し、米軍の大砲は1万7000フィート(約5100メートル)までしか届かないため、撃墜は容易ではありませんでした。

 

こちらは島内に今も残されている米軍の大砲の様子です。

 

 

マリンタ・トンネル内に移転された米軍司令部

 

日本軍の侵攻によるマニラの陥落と無防備都市宣言に伴ってマリンタ・トンネル内に移転された米軍司令部や、マッカーサーたち米軍司令部の関係者たちの写真も展示されています。

 

1942年3月までのコレヒドール島の脱出、さらには1944年以降のコレヒドール島の奪還を敢行した、マッカーサーと彼の側近たち、通称バターン・ボーイズたちの写真。

 

こちらはマリンタ・トンネル内に新たに設置された米軍司令部の写真。司令部内には約30名の将校と下士官が働いていました。

 

そしてこれは、1942年5月にコレヒドール島が陥落し、日本軍に降伏・投降するコレヒドール守備隊の米軍兵士たちの写真です。

 

 

空爆で島内のコミュニティを破壊した加害者としての日本軍

 

マッカーサーと米軍が反攻に転じて以降は、被害者として追い詰められていく日本軍の兵士たちですが、少なくともフィリピンや東南アジアに侵攻した1941年~42年にかけては、日本軍は他国を侵略してコミュニティを空爆で破壊する加害者であったことが、コレヒドール島内に多数残る空爆による廃墟や、マリンタ・トンネル内や太平洋記念館の展示や記録映像から読み取れます。

 

マリンタ・トンネル内にある、日本軍の空爆で死傷者が連日のように運び込まれていた当時のトンネル内の病院を再現したモニュメント。

 

終戦後のフィリピンの人たちが日本軍の兵士たちに抱いた激しい憎悪は、決して理由のないものではありません。むしろキリノ大統領やBC級戦犯裁判のフィリピン人弁護士や裁判官たちは、よくあれだけ寛大な心を持って日本の兵士たちに接してくれたものだと思います。

 

寛容な和解と赦しによって戦後の日本の再出発をさせてくれたフィリピンや東南アジア諸国の人々に感謝すると同時に、かつての日本が行ったフィリピンやコレヒドール島で行った加害行為について、これからも心に留めておくべき必要があるかと思います。

 

 

戦時下フィリピンの臨時首府にもなったマリンタ・トンネル

 

国家元首であるマニュエル・ケソンの移住に伴い、閣僚機関や首都機能も移転され、マリンタ・トンネルは戦時下フィリピンの臨時首府の役割も果たすようになります。さらに、日本軍の空爆と砲撃の激化で、マリンタ・トンネル内には連日傷病兵が担ぎ込まれるようになります。

 

そうした当時の様子がトンネル内には数々のモニュメントと記録映像で再現されています。コレヒドール島を訪れた際には、日本軍の侵攻と空爆の中で、マッカーサーやケソン大統領を始めとする、当時の米比軍の関係者たちが、いかに過酷な境遇に晒されていたかについて、想いを馳せて頂きたいと思います。

 

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コレヒドール島の各種情報

 

アクセス

 

メトロ・マニラのSMモール・オブ・アジアのすぐ傍にあるフェリー・ターミナルからサン・クルーズ社のフェリーに乗って40分~50分ほどかけてコレヒドール島まで移動します。2年ほど前までとはフェリー・ターミナルの場所が変わっているので(地球の歩き方の2015年版に掲載されているターミナルの場所は古い)、くれぐれもご注意ください。

 

 

サン・クルーズ社のツアー予約

 

島内見学はツアーのみであり、サン・クルーズ社のチケット売り場で希望のツアーを申し込みます。ツアー料金には往復のフェリー代や島での昼食代も含まれており、週末の日帰りトラムツアーであれば1人当たり2,749フィリピン・ペソ(平日なら2,550ペソ)、日帰り徒歩ツアーであれば1人当たり1,800ペソになります。なお、マリンタ・トンネル内の見学には別料金で200ペソ必要になりますので、ご注意ください。

 

島内は意外に広く、徒歩で回ると時間的に結構厳しいので、トラムツアーをお勧めいたします。他にも島内宿泊ツアー、ロッククライミングツアー、ハイキングツアーなど、いくつかのツアーがあるので、ご希望に沿ったツアーを申し込んで頂ければと思います。

 

詳しくはサン・クルーズ社のホームページをご覧ください。なお、サイクリング・ツアーもありますが、島内で自転車はレンタルされていないので、マニラ市からフェリーで忘れずに自転車を持参するようにしてください。

 

 

日本で不安のない事前予約をされるならベルトラのツアーで

 

現地に渡航してからサン・クルーズ社などのローカル会社のツアーに申し込む方法もありますが、予め日本で現地発ツアーに申し込んでおくと、ツアーによっては集合場所がSMモール・オブ・アジアよりも分かりやすい場所だったり、ホテルへの送迎がありますし、何より日本語で申し込んで日本語のツアーに参加できるので、とても安心感があります。下記リンクよりご検索・ご予約ください。
24時間オンライン予約可能★世界中のオプショナルツアー取扱VELTRA

ベルトラの現地オプショナルツアーのメリットとデメリットに関しましては、ブログ内の下記の別記事をご参照ください。

 

 

周辺地図(SM・モール・オブ・アジアとフェリー乗り場)

 

 

 

周辺地図(コレヒドール島内)

 

 

 

(参考に)フィリピンの各種情報

 

航空券

 

東京(羽田or成田)~マニラまで直行便で約4~5時間。航空運賃は5万円~6万円。航空会社はフィリピン航空が殆どです。JALやANAの直行便もありますが、便数が少なく、航空運賃が最低1万円~2万円はフィリピン航空より高くなります。関空、福岡などからも直行便があります。

 

時間は直行便よりかかるものの、香港経由のキャセイパシフィック航空や、ソウル経由の大韓航空など、航空会社によってはフィリピン航空の直行便より5千円~1万円ほど安くなるものもあります。GW休暇や盆休みなどの連休には航空運賃が跳ね上がることもあるのでご注意。

 

詳しくは、HISやスカイチケット、エクスペディアなどで航空券の検索を。
海外旅行はエイチ・アイ・エス

海外格安航空券を探すなら スカイチケット!

【航空券+ホテル】海外旅行エクスペディア★パッケージツアー

 

 

ビザ

 

30日間以内の滞在であればビザは不要です。31日以上滞在する場合、59日間有効のツーリストビザを取得でき、1回目は29日まで、2回目以降は1か月ごとの延長申請が可能です。詳しくは在日フィリピン大使館などでご確認を。

 

 

言語

 

公用語は英語とタガログ語。フィリピンはアジアで一番英語の通用度が高い国です。100以上の民族から成る多民族国家なため、タガログ語も含めて全国で80前後の言語が使われています。

 

 

通貨

 

1フィリピノ・ペソが2~3円程度に相当。

 

 

時差

 

日本よりマイナス1時間。

 

 

宿泊施設

 

ドミトリー等を使えば1泊1000円~2000円代でも宿泊可能。ゲストハウスなどの低価格のホテルが1泊3000円~4000円、設備のそこそこ整った中級以上のホテルだと1泊最低4000円以上はかかります。

 

フィリピンは物価が安いため、安価な宿泊施設がマニラの中心部でも多数あります。

 

ホテルの条件(Wi-Fi、冷蔵庫、エアコン、目的地へのアクセス、朝食の有無等)をよくご確認ください。特に、フィリピンは常夏の国なので、エアコンと冷蔵庫は必須と言えます。夏季や冬季の長期休暇は宿泊費が高騰しがちなので、その点も併せてご留意ください。

 

詳しくはエクスペディアやBooking.com、トリップアドバイザー等で検索を。
リアルタイム空室確認が分かりやすい!エクスペディアの海外ホテル
海外ホテル検索、Booking.com
TripAdvisor (トリップアドバイザー)