- 投稿 2017/02/26
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こんにちは。今日も私の記事を訪問してくださりありがとうございます。今回は太平洋戦争の激戦地だったフィリピンのコレヒドール島に今も戦前から継続して残る数々の米軍関連スポットを元に、アメリカにとってのフィリピンやコレヒドール島の歴史的な関わりの長さと深さ、地政学的・戦略的重要性について考察する記事を書かせて頂きます。
目次
アメリカのODAで復旧された灯台
太平洋戦争記念館は、戦後にアメリカの巨額のODAで建設された施設ですが、太平洋戦争記念館のすぐ近くにある、マニラ湾や南シナ海、島全体を一望できる灯台もまた、アメリカのODAで復旧されたものです。
灯台自体はかつてのスペイン統治時代からありましたが、日本軍の空爆で破壊されたので、この灯台は戦後に再建されました。
付近には食堂や土産物屋があります。この灯台と周囲の建物は、太平洋戦争記念館やマリンタ・トンネルと同じで、観光客向けに再建・整備された、きちんとした形をしている数少ない建物の1つです。
フィリピンとの歴史的な関わりの長さはアメリカよりもスペインの方が長いですが、戦後もアメリカとの緊密な関係が続き、この灯台を始めとする数々の施設がアメリカのODAで復旧されたように、関わりの深さは、スペインよりもアメリカの方が深いことが読み取れます。
日本軍優位な情勢で敗走を重ねた時代の苦悩する米軍兵士の像
灯台や米軍関連の施設の廃墟の近くには、日本軍の軍事的優位の圧倒により、苦戦を強いられていた1942年当時の米軍兵士の姿を描いた銅像があります。
太平洋戦争記念館からもトラムで数分程度の場所にあります。当時苦しい戦いを強いられた米軍兵士の苦悩が本当に伝わってくるような良い表情の銅像です。この銅像からもまた、アメリカとフィリピンの歴史的な深さが垣間見れます。
マッカーサーの銅像
フェリー乗り場から徒歩圏内に、コレヒドール島とバターン半島での戦闘における米比軍側の立役者である、マッカーサーの銅像があります。
サングラス姿は、日本のGHQ時代でも有名ですよね。というより、サングラスをかけていないマッカーサーの顔は逆にあまり馴染みがない気がします。
海の向こうにはバターン半島が見えます。
マッカーサーがフィリピンを去る前に残した「アイ・シャル・リターン(必ず戻ってくる)」という言葉はあまりにも有名ですが、この言葉からも、この銅像とコレヒドール島やバターン半島の地理的な距離の近さからも、米比両国の運命共同体としての戦争での関わりの深さが伺えます。
海の向こう側に見えるバターン半島や近隣の島々
コレヒドール島の海の向こう側には、バターン半島が見えます。もし半島とコレヒドール島を結ぶフェリーがあれば(実際にはありませんが)、20分もあれば行けそうな距離です。
コレヒドール島のフェリー発着場付近から眺めたバターン半島です。この距離であれば、半島から日本軍の砲撃がコレヒドール島に連日繰り返され、着弾していたというのも十分頷けるところです。
こちらはコレヒドール島の中央、標高が最も高い場所から眺めたバターン半島です。フェリー発着場付近からの眺めよりもさらに近い距離感があります。
同じく米軍が統治していた数々の島々もまた、コレヒドール島から海を隔ててそう遠くない位置に見渡せます。
バターン半島や近隣の島々とコレヒドール島の近さもまた、両地域の戦時下での米比両国の運命共同体としての関わりの深さを表しています。
今も使われている米比軍合同演習広場
島の中央の、太平洋戦争記念館や米軍関連施設の廃墟からトラムで数分の圏内に、今も使われている米比軍の合同演習広場があります。
この島は基本的には観光スポットなので、連日使用されてはいませんが、今でも定期的にこの広場で米比軍の合同演習が行われているようです。
広場には演習で実際に使われている銃火器が設置されています。
米比両国の友好と、日本軍からのコレヒドール島奪還に関する記念碑もあります。
単に太平洋戦争下で米比両国が運命共同体であっただけでなく、戦前から戦後に至るまで、両国の関わり、とりわけ軍同士の関わりがいかに深いかが読み取れます。
アメリカにとってのフィリピンの歴史の長さと地政学的重要性
コレヒドール島内には、破壊された米軍の病院跡や映画館跡や、米軍が設置した大砲や司令部跡、さらにはアメリカの巨額のODAで戦後に建設された太平洋記念館など、アメリカに関連する展示が多数残されており、アメリカが歴史的に持つフィリピンとの関わりの長さと深さが見て取れます。
現在も稼働する米軍関連のスポットも併せると、今なおフィリピンはアメリカにとって地政学的にとても重要な国であり、なおかつ、コレヒドール島が米軍にとって戦略的・地政学的に重要な拠点であり続けたことが読み取れます。
一時期は日本軍の島でもあったコレヒドール島
歴史の長さでは間違いなく米軍の島であるものの、米比軍の陥落から再度の奪還に至る1942年5月~1945年3月までの約3年間は、日本軍の司令部が置かれていました。
その間の日本軍関連の遺産も島には多数残されていますので、コレヒドール島を訪れた際には、米軍やアメリカとフィリピンの関わりの深さと長さを読み取って頂くと同時に、太平洋戦争中に日本軍の若い兵士たちが陥っていた過酷な境遇についても、想いを馳せてみてください。
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コレヒドール島の各種情報
アクセス
メトロ・マニラのSMモール・オブ・アジアのすぐ傍にあるフェリー・ターミナルからサン・クルーズ社のフェリーに乗って40分~50分ほどかけてコレヒドール島まで移動します。2年ほど前までとはフェリー・ターミナルの場所が変わっているので(地球の歩き方の2015年版に掲載されているターミナルの場所は古い)、くれぐれもご注意ください。
サン・クルーズ社のツアー予約
島内見学はツアーのみであり、サン・クルーズ社のチケット売り場で希望のツアーを申し込みます。ツアー料金には往復のフェリー代や島での昼食代も含まれており、週末の日帰りトラムツアーであれば1人当たり2,749フィリピン・ペソ(平日なら2,550ペソ)、日帰り徒歩ツアーであれば1人当たり1,800ペソになります。なお、マリンタ・トンネル内の見学には別料金で200ペソ必要になりますので、ご注意ください。
島内は意外に広く、徒歩で回ると時間的に結構厳しいので、トラムツアーをお勧めいたします。他にも島内宿泊ツアー、ロッククライミングツアー、ハイキングツアーなど、いくつかのツアーがあるので、ご希望に沿ったツアーを申し込んで頂ければと思います。
詳しくはサン・クルーズ社のホームページをご覧ください。なお、サイクリング・ツアーもありますが、島内で自転車はレンタルされていないので、マニラ市からフェリーで忘れずに自転車を持参するようにしてください。
日本で不安のない事前予約をされるならベルトラのツアーで
現地に渡航してからサン・クルーズ社などのローカル会社のツアーに申し込む方法もありますが、予め日本で現地発ツアーに申し込んでおくと、ツアーによっては集合場所がSMモール・オブ・アジアよりも分かりやすい場所だったり、ホテルへの送迎がありますし、何より日本語で申し込んで日本語のツアーに参加できるので、とても安心感があります。下記リンクよりご検索・ご予約ください。
24時間オンライン予約可能★世界中のオプショナルツアー取扱VELTRA
ベルトラの現地オプショナルツアーのメリットとデメリットに関しましては、ブログ内の下記の別記事をご参照ください。
- 現地オプショナルツアーのデメリット
- 現地オプショナルツアーを適度に活用するメリット―騙されるリスクの低減・日本語ツアー
- 現地オプショナルツアーを適度に活用するメリット―参加費が割安・集合場所の容易さ・道に迷わない
- 現地オプショナルツアーを適度に活用するメリット―時間の短縮・英語の通用度・様々な人との交流
周辺地図(SM・モール・オブ・アジアとフェリー乗り場)
周辺地図(コレヒドール島内)
(参考に)フィリピンの各種情報
航空券
東京(羽田or成田)~マニラまで直行便で約4~5時間。航空運賃は5万円~6万円。航空会社はフィリピン航空が殆どです。JALやANAの直行便もありますが、便数が少なく、航空運賃が最低1万円~2万円はフィリピン航空より高くなります。関空、福岡などからも直行便があります。
時間は直行便よりかかるものの、香港経由のキャセイパシフィック航空や、ソウル経由の大韓航空など、航空会社によってはフィリピン航空の直行便より5千円~1万円ほど安くなるものもあります。GW休暇や盆休みなどの連休には航空運賃が跳ね上がることもあるのでご注意。
詳しくは、HISやスカイチケット、エクスペディアなどで航空券の検索を。
海外旅行はエイチ・アイ・エス
ビザ
30日間以内の滞在であればビザは不要です。31日以上滞在する場合、59日間有効のツーリストビザを取得でき、1回目は29日まで、2回目以降は1か月ごとの延長申請が可能です。詳しくは在日フィリピン大使館などでご確認を。
言語
公用語は英語とタガログ語。フィリピンはアジアで一番英語の通用度が高い国です。100以上の民族から成る多民族国家なため、タガログ語も含めて全国で80前後の言語が使われています。
通貨
1フィリピノ・ペソが2~3円程度に相当。
時差
日本よりマイナス1時間。
宿泊施設
ドミトリー等を使えば1泊1000円~2000円代でも宿泊可能。ゲストハウスなどの低価格のホテルが1泊3000円~4000円、設備のそこそこ整った中級以上のホテルだと1泊最低4000円以上はかかります。
フィリピンは物価が安いため、安価な宿泊施設がマニラの中心部でも多数あります。
ホテルの条件(Wi-Fi、冷蔵庫、エアコン、目的地へのアクセス、朝食の有無等)をよくご確認ください。特に、フィリピンは常夏の国なので、エアコンと冷蔵庫は必須と言えます。夏季や冬季の長期休暇は宿泊費が高騰しがちなので、その点も併せてご留意ください。
詳しくはエクスペディアやBooking.com、トリップアドバイザー等で検索を。
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