旅行や出張でフィリピンに行かれた際に、戦後のフィリピンで日本軍の兵士たちが裁かれた過去を心に留めておくため、モンテンルパ刑務所から恩赦を受けて釈放されたBC級戦犯たちの記事を書かせて頂きます。

キリノ大統領によるBC級戦犯の特赦

モンテンルパ刑務所に収容されていたBC級戦犯たちのうち、死刑が確定していたのは79名。そのうち17名の処刑が執行され、残りの死刑囚たちも死の恐怖に怯えていましたが、最終的には48年4月から就任したエルピディオ・キリノ新大統領の決断により、再びフィリピンに戻らないことを条件に戦犯たちは53年6月に全員特赦・釈放となり、死刑囚は終身刑に減刑されて帰国後、日本の刑務所で服役することが決定されました。そして日本の巣鴨刑務所に服役した元死刑囚たちもまた、わずか半年の服役の後、やはり再びフィリピンに戻らないことを条件に、全員が釈放されることになります。

死刑囚の8割が特赦により帰国

裁判にかけられた者の9割が有罪を宣告され、かつ有罪者の半数以上が死刑囚になるという、かなり過酷な結果を出していたフィリピンの裁判にもかかわらず、結果的にはフィリピンで死刑囚となった戦犯の約8割は刑が執行されることはなく、他の連合国よりも早くに拘禁中の戦犯全員が特赦・釈放されたことは、当然ながら日本各地でキリノ大統領による「英断」として感謝されることになります。

特赦に至ったキリノ大統領の胸中

日本軍に妻と長女と次男を射殺され、二歳の三女を刺殺され、さらに5人の親族を日本軍に殺され、決して日本に好ましい感情は抱いていなかったキリノ大統領が、なぜ戦犯の特赦・釈放を決断したのか。冷戦によってアメリカが対日政策を変更し、戦後日本が民主主義陣営の一員として大きな存在感を示し始めたことや、将来的に日本からの経済・産業支援を期待せねばならなかったことなど、当時の社会情勢もその一因であるには違いありません。しかしそれだけで自分の家族を奪った相手を赦せるわけではないでしょう。特赦・釈放を決断した時のキリノ大統領自身の気持ちを表した大統領声明の内容を、以下、引用いたします。

    私はフィリピンで服役している日本人戦犯に対し、
    フィリピン議会の承認を必要とする大赦としてではなく、
    特赦を与えた。
    私は日本人に妻と三人の子供、そしてさらに五人の親族を
    殺された者として彼らを特赦する、最後の1人となるだろう。
    私は自分の子孫や国民に、我々の友となり、我が国に長く
    恩恵をもたらすであろう日本人に対し、憎悪の念を残さない
    ために、この措置を講じたのである。
    結局のところ、日本とフィリピンは隣国となる運命なのだ。
    私は、キリスト教国の長として、自らこのような決断をなしえた
    ことを幸せに思う。
    私を突き動かした善意の心が人間に対する信頼の証として、
    他者の心の琴線に触れることになれば本望である。
    人間同士の愛は、人間や国家間において常に至高の定めであり、
    世界平和の礎となるものである。

また、戦後も生き残った長男にキリノ大統領が語った言葉も、以下、引用いたします。

    君たちにとって難しいことはよく分かっているが、
    私は日本人を赦そうと思っている。
    というのも、私たちは隣人なのだし、隣人は互いに語り合う
    ことを学ばなければならず、共に生き、貿易をし、
    助け合わなければならない。
    世界中のほとんどが経験したように、かつてのフィリピンと日本が、
    異なる政治同盟故に、互いに対峙したことは不幸であった。
    しかし、いまや全てが終わったのであり、自分たちが先頭に立って
    過去の争いを赦し、これを忘れ、隣人として共に生きていこう。
    憎しみを忘れなさい。
    憎しみに囚われてしまうと、君たちの心を頑なにし、自分の子供にも、
    憎しみが受け継がれてしまうから。

結局、当時の対日米関係を始めとする国際情勢の要因はあるものの、最終的には良い意味でのキリスト教徒としての精神で、寛大な心を持って、家族を奪ったかつての敵国をキリノ大統領は赦した、と言えるのではないでしょうか。

関連記事

BC級戦犯たちが収容されたモンテンルパ刑務所への旅行記については、私のブログ内の下記記事をご参照ください。
BC級戦犯たちが処刑された場所―フィリピン・モンテンルパ

また、BC級戦犯たちの戦後の経過・歴史考察に関する他の記事については、私のブログ内の以下の関連記事もご参照ください。
BC級戦犯となったフィリピン戦の日本軍兵士たち
公正・公平な裁判を目指したフィリピンのBC級戦犯裁判
フィリピン戦犯裁判でBC級戦犯たちが保障された権利
モンテンルパ刑務所でBC級戦犯たちが過ごした日々
フィリピンのBC級戦犯の生死を分けたもの

参考文献

日本軍による戦争犯罪、米軍やフィリピン政府による戦犯裁判、モンテンルパ刑務所への移送、特赦・釈放までの経緯について、より詳細な内容にご興味がある方には、以下の参考文献をまずお勧めいたします。



キリノ大統領が特赦の決断に至った苦悩や葛藤についても、かなり詳しく記載されています。

フィリピンの記述は殆どありませんが、BC級戦犯たちの戦争犯罪と戦後の裁判を全般的に記した記録書としては、以下をお勧めいたします。

「BC級裁判」を読む (日経ビジネス人文庫)
半藤 一利
日本経済新聞出版社
2015-07-02



平時であれば紛れもなく善良な人たちが戦争犯罪を担ってしまう、戦場の狂気、そして国際社会や国際法との間にあまりに大きな認識の乖離を生んだ、日本という閉鎖的な国柄と組織体制は、現在の日本にも通ずる問題のように思えます。