旅行や出張でフィリピンに行かれた際に、太平洋戦争とその後に起きた歴史について心に留めておくために、フィリピンのBC級戦犯裁判に関する考察記事を書かせて頂きます。

交戦法規違反のみを審理対象に

復讐感情や反日感情を排し、公正・公平な裁判を目指した、マニュエル・ロハス大統領や戦犯裁判の推進者たち。彼らの公正・公平な姿勢は、裁判の経過の中でも随時表れていると言えます。例えば、戦犯たちを裁く罪状がまずそうですが、もし世論を煽って復讐に走ろうとすれば、東京裁判で対象となった「平和に対する罪(A級犯罪)」、つまり「侵略戦争の計画、準備、開始、遂行」についても審理対象にすることはできました。しかしフィリピンの軍事法廷は、マニラ大虐殺に代表される、伝統的な交戦法規違反のみを審理対象とし、各公判は起訴事実によって提起された争点を公正かつ迅速に審理することのみに限定されました。

フィリピン人弁護士によるBC級戦犯たちの権利の保障

被告人には弁護士によって弁護を受ける権利が保障され、当初は日本人弁護団が結成、フィリピンに召喚され、戦犯たちの弁護に当たります。そして検察部長との間で日本人弁護士が引き起こした殴り合いによって日本人弁護団が解任されて以降は、ペドロ・セラン大尉、ホセ・ルクバン大尉、アルテミオ・アレホ中尉を始めとする14名がフィリピン人弁護士として選任され、同胞から「売国奴」、「裏切り者」といったいわれなき罵声を浴びる中、日本人戦犯の弁護のために孤軍奮闘し、彼らの公正さと職務に対する真摯な姿勢は、当初はフィリピン人弁護士に懐疑の念を抱いていた日本人戦犯たちから、強い信頼と感謝を抱かれるようになります。

ペドロ・セラン大尉(日本人戦犯の弁護士)
日本人戦犯の弁護士を務めたペドロ・セラン大尉。(永井均(著)「フィリピンBC級戦犯裁判」より抜粋)。

日本人戦犯の弁護に当たったフィリピン人弁護士たち
日本人戦犯の弁護に当たったフィリピン人の弁護士たち。(永井均(著)「フィリピンBC級戦犯裁判」より抜粋)。

最終的な権限はフィリピンの国軍参謀総長と大統領に

さらに、被告が有罪を宣告された場合、その量刑はフィリピン国軍参謀総長が承認するまで確定されず、参謀総長には量刑を酌量軽減し、執行を免除する権限があり、また死刑と終身刑については、刑が確定してもフィリピン共和国大統領が確認するまでは執行してはならないことになっていました。

世論に逆行する形で進んだ公正・公平な戦犯裁判

フィリピン全土で反日感情・復讐感情が蔓延し、「正義は日本人のためにあるのではない。どうしてただ絞首刑か銃殺刑でもって奴ら全員をさっさと始末しないのか」といった考え方が世論に根強い中、裁判はいわば世論に逆行する形で遂行され、フィリピン政府が日本人戦犯を裁くに当たり、公正さや公平さを貫き、非常に慎重な姿勢で臨んでいたことは間違いないと言えます。

    日本人は公平な裁判において全ての機会を
    与えられていることに感謝すべきだ。
    これは我々がかつて、処刑に先立って行われた
    事実上の拷問、即ち、いわゆる捜査というものを
    受けるに際しては、全く与えられなかったものである。

東南アジア諸国の人々の寛大な赦しを無視する今の日本

これは当時の死刑執行担当将校の言葉ですが、この言葉に共感を覚えるのは私だけでしょうか。アメリカ悪玉論や大東亜戦争肯定論が蔓延し、「日本は当時何一つ恥ずべきことなどしていない、戦争犯罪などでっち上げだ」という類の主張が蔓延する昨今の日本では、こうしたフィリピン政府が当時示した公正さへの志向のことなども、既に届かなくなって久しいのでしょうか。東南アジアの被害者たちの赦しによって再出発した戦後の日本ですが、彼らの助力を得て成し遂げた政治的・経済的地位も、偏狭な主義主張が蔓延する今の日本では綻びが見えるような気がしなくもありません。

関連記事

BC級戦犯たちが収容されたモンテンルパ刑務所への旅行記については、私のブログ内の下記記事をご参照ください。
BC級戦犯たちが処刑された場所―フィリピン・モンテンルパ

また、BC級戦犯たちの戦後の経過・歴史考察に関する他の記事については、私のブログ内の以下の関連記事もご参照ください。
BC級戦犯となったフィリピン戦の日本軍兵士たち
公正・公平な裁判を目指したフィリピンのBC級戦犯裁判
モンテンルパ刑務所でBC級戦犯たちが過ごした日々
キリノ大統領によるBC級戦犯の特赦
フィリピンのBC級戦犯の生死を分けたもの

参考文献

マニラでの虐殺を始めとする、日本軍の戦争犯罪、BC級戦犯としての裁判やモンテンルパ刑務所での日々、キリノ大統領による恩赦と帰国までの流れについては、以下をお勧めいたします。


復讐感情が根強い中、戦犯裁判がいわば世論に逆行する形でなされ、BC級戦犯の権利と命を守るために尽力したフィリピンの裁判推進者たちのことは、決して忘れてはならないことだと思います。

フィリピンの記述は殆どありませんが、BC級戦犯たちの戦争犯罪と戦後の裁判を全般的に記した記録書としては、以下をお勧めいたします。

「BC級裁判」を読む (日経ビジネス人文庫)
半藤 一利
日本経済新聞出版社
2015-07-02



日経ビジネス人文庫での、日本を代表する中立的な歴史家4名の共著ということもあり、左右のイデオロギーを排して淡々と史実のみ積み上げた内容には読み応えがあります。家族や友人を大切にする、平時であれば紛れもなく善良な人たちが戦争犯罪を担ったという、戦場の狂気、そして国際社会や国際法との間にあまりに大きな認識の乖離を生んだ、日本という閉鎖的な国柄と組織体制がBC級戦犯問題の最大要因であることが読み取れます。