旅行や出張でフィリピンに行かれた際に、日本とフィリピンの間にあった過去の暗く悲しい歴史を心に留めておくために、BC級戦犯裁判に関する記事を書かせて頂きます。

米軍からフィリピンに裁判権が引き継がれたBC級戦犯裁判

1945年10月より、フィリピンで最初の戦犯裁判が始まり、まず47年4月までの1年半には、米軍当局の手で裁判は遂行されました。そして47年8月からは裁判権が米軍からフィリピンに引き継がれ、49年12月末まで、2年半に渡ってフィリピン政府による裁判が続けられることになります。途中から裁判権がフィリピンに引き継がれたのは、46年7月4日にフィリピンが正式に独立したことで、米軍がなおも駐留して裁判を継続することに法的正当性と人的・財政的な負担が生じたためです。ともあれ、山下奉文大将や本間雅晴中将を始めとする約400名のBC級戦犯たちは、この戦犯裁判によって裁きを受けることになります。

マニュエル・ロハス大統領が目指した公正・公平な裁判

フィリピン国内に復讐感情が渦巻く中、大統領やフィリピンの首脳たちが目指したのは、公正な裁判でした。47年7月、裁判権の移行に向けて法務総監部(JAGO)と国立戦争犯罪局(NWCO)を設置したマニュエル・ロハス大統領は、裁判を始めるに当たり、国内外に向けた声明を発表しています。少し長いですが、以下、同大統領の声明の一部を引用いたします。

    裁判を実施するに当たり、罪を犯した人々を正義に照らして処断し、
    世界各地でなされた敵の暴虐で人々に何が起きたのか、公正かつ
    道理に則した裁判を通して、記録を後世に残すことが適切だと
    考える各国に、我々も並ぶことになる。
    人類に対して、さらには後世に対して、我々は大きな責任と義務を
    負っている。
    改めて説明するまでもない、誰もが知るところのあの残虐行為の
    被害者である我々は、正義という言葉の民主的な意味を十分に
    踏まえて処罰を下す態勢のもと、世界に相対している。
    我々に暴虐を加えた人々に対してさえ、我々の立憲政治の必要
    条件を該当させることを示す態勢は整っている。国際法が定める
    全ての権利、公平かつ道理に則した迅速な裁判を受ける権利、
    戦犯の利益になる参考人を召喚する権利、資格ある弁護人を代理に
    立てる権利、そして再審の権利を戦犯に与えて裁判を実施する態勢が
    整っている。我々に暴虐を加えた者に対してこれらの諸権利を
    与えることで、この非常に重要な任務を成し遂げた暁には、罪なき者が
    罰せられたなどと決して言われることはないであろう。

ロハス大統領はこのように、フィリピン人を虐殺した日本軍の兵士たちに対して、復讐ではなく、国際法の原則に基づいた公平かつ道理に則した裁判を遂行することを内外に宣言しました。青年時代にフィリピン大学で法学士の学位を取得し、フィリピン初の司法試験で最高点を獲得して弁護士となった、法律と正義に精通していたロハス大統領の言葉であるだけに、この声明には重みがあると言えます。

裁判の推進者たちにも受け継がれた大統領の精神

ロハス大統領のこの姿勢は、裁判を推進するJAGOやNWCOの人たちにもきちんと受け継がれました。彼らの多くもまたロハス大統領や当時のキリノ副大統領と同様、法学部出身で弁護士資格を持つ専門家たちであり、公正で公平な裁きを求める人たちでした。

JAGOやNWCOの人たちの中には、自身の家族を日本軍に殺されたり、自身もバターン半島で死の行進の捕虜になったり、抗日ゲリラのメンバーだった人たちも少なくありません。にもかかわらず、彼らが戦犯たちへの復讐感情を持たず、フィリピン全土で想像を絶する復讐感情が蔓延していた中で、公正で公平な態勢で任務に従事したことが、多くの戦犯たちの命を救ったことは間違いないでしょう。

フィリピン軍事法廷での日本人戦犯の裁判の様子
フィリピン軍事法廷での日本人戦犯裁判の様子。(永井均(著)「フィリピンBC級戦犯裁判」より抜粋)。

関連記事

BC級戦犯たちが収容されたモンテンルパ刑務所への旅行記については、私のブログ内の下記記事をご参照ください。
BC級戦犯たちが処刑された場所―フィリピン・モンテンルパ

また、BC級戦犯たちの戦後の経過・歴史考察に関する他の記事については、私のブログ内の以下の関連記事もご参照ください。
BC級戦犯となったフィリピン戦の日本軍兵士たち
フィリピン戦犯裁判でBC級戦犯たちが保障された権利
モンテンルパ刑務所でBC級戦犯たちが過ごした日々
キリノ大統領によるBC級戦犯の特赦
フィリピンのBC級戦犯の生死を分けたもの

参考文献

マニラでの虐殺を始めとする、日本軍の戦争犯罪、BC級戦犯としての裁判やモンテンルパ刑務所での日々、キリノ大統領による恩赦と帰国までの流れについては、以下をお勧めいたします。


復讐感情が根強い中、戦犯裁判がいわば世論に逆行する形でなされ、BC級戦犯の権利と命を守るために尽力したフィリピンの裁判推進者たちのことは、決して忘れてはならないことだと思います。

フィリピンについては殆ど記述はありませんが、BC級戦犯たちの戦争犯罪と戦後の裁判を全般的に記した記録書としては、以下をお勧めいたします。

「BC級裁判」を読む (日経ビジネス人文庫)
半藤 一利
日本経済新聞出版社
2015-07-02



日経ビジネス人文庫での、日本を代表する中立的な歴史家4名の共著ということもあり、左右のイデオロギーを排して淡々と史実のみ積み上げた内容には読み応えがあります。家族や友人を大切にする、平時であれば紛れもなく善良な人たちが戦争犯罪を担ったという、戦場の狂気、そして国際社会や国際法との間にあまりに大きな認識の乖離を生んだ、日本という閉鎖的な国柄と組織体制がBC級戦犯問題の最大要因であることが読み取れます。