旅行や出張でフィリピンに行かれた際に、太平洋戦争の話題や関連スポット訪問時の参考になればと思い、歴史考察の記事を書かせて頂きます。今回はレイテ島での戦いについて。

米軍によるフィリピン反攻の開始へ

真珠湾を攻撃した1941年12月から、フィリピンのバターン半島やコレヒドール島を陥落させた1942年5月までの6か月間は、東南アジア全域と南太平洋地域を含めて東西4000キロに及ぶ地域を制圧した、日本軍の優勢さのピークの時期でした。しかし1942年6月に連合国軍がオーストラリアから反攻に転じ、同月にミッドウェー海戦とガダルカナル島で敗北して以降は日本軍の敗走が続き、1944年以降はフィリピンが米軍の反攻の舞台になります。

抗日ゲリラからの情報で変更された米軍上陸の舞台

当初、マッカーサーはフィリピンの再上陸の舞台をミンダナオ島とする作戦を立てており、日本軍の予想もそこまでは当たっていました。しかし、レイテ島が軍事的に放棄された状態に近く、日本軍の防備が極めて脆弱であるとの、抗日ゲリラの情報に基づき、作戦は変更。作戦変更を日本軍に気付かれず、むしろ依然として再上陸の舞台はミンダナオ島であることを匂わせる偽情報で日本軍を欺きながら、米軍のフィリピン再上陸作戦は進められることになります。

台湾沖航空戦での幻の大戦果に基づく大本営の情勢判断ミス

1944年10月12日から4日間、レイテ島上陸の前哨戦として米軍が台湾を空襲し、迎え撃つ日本軍との間で航空戦となりました。日本軍の戦果は実際にはほぼ皆無だったにもかかわらず、未熟な搭乗員は味方の自爆機を敵艦撃沈と誤認し、海面への着弾を命中と見間違いました。この誤情報を鵜呑みにした大本営は大戦果を発表し、幻の大戦果に国中が沸き返る中、10月20日にいよいよレイテ島に上陸した4個師団の米軍部隊を、2個師団に過ぎないと過小評価する判断ミスを犯し、準備も整わないままレイテ島での決戦を無理やり進めることになります。

食糧と物資の不足・住民の不支持と復讐感情

レイテ島には戦闘経験の浅い第16師団しか配置されていないばかりか、食糧もなく、セメントや工具などの最低限の物資すら本土から届けられない状態でした。加えて、軍政によって現地の人々を弾圧し、食糧を強制的に調達し、ゲリラとつながりがあると疑わしき者も捕虜も処刑するという方針を取っていたことが、地元住民の日本軍への不支持につながり、後には復讐感情に駆られた現地住民たちに日本兵が虐殺される事態までも招くことになります。

8万人の死者を出したレイテ島の大敗北

上述の要因が複合的に作用し、準備の整わないまま無理やり決戦を試みた日本軍は、米比軍と抗日ゲリラの双方に追われ、住民にも襲われ、飢餓と疾病にも追い詰められ、挙句には大本営にも見捨てられ、8万人の死者を出してレイテ島の戦いに敗北します。レイテ島の戦闘に参加した兵士の97%が亡くなったことになります。レイテ島の日本軍終焉の地となったカンギポット山には、今でも亡くなった日本の兵士たちの多くの遺骨が埋まっており、遺骨収集が続けられています。

やがて訪れるマニラ市街戦と住民の大虐殺

レイテ島の戦いで如実に見られた、大本営や日本軍の体質がやがて、マニラでの市街戦や住民の大虐殺をも招いていくことになります。

参考文献

レイテ島での戦いについては、大岡昇平氏の以下の体験記をまずはお勧めいたします。

レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)
大岡 昇平
中央公論新社
1974-09-10


レイテ戦記 (中巻) (中公文庫)
大岡 昇平
中央公論新社
1974-10-10


レイテ戦記 (下) (中公文庫)
大岡 昇平
中央公論社
1974-11-10



3巻に及ぶのでかなり長いですが、レイテ島での戦闘について理解するには必読書と言えますし、レイテ島に限らすフィリピンに対して深い知見と洞察に富んだ良書なので、もしレイテ島に行かれることがあれば、事前にこの3巻を読んでから行かれることをお勧めします。

フィリピンやレイテ島での戦闘を簡潔にまとめた書籍としては、NHKの以下の取材記をお勧めいたします。



日本にもアメリカにも偏っていない、中立的な姿勢で書かれています。

マッカーサーや米軍側の立場からレイテ島の戦闘を捉えた書としては、以下をお勧めいたします。



第2の故郷とも言えるフィリピンに対するマッカーサーの思い入れ、繰り返し使われた「アイ・シャル・リターン」の言葉、レイテ島に上陸した時のマッカーサーの感慨深さなどが文面から伝わってきます。

レイテ島やフィリピンに限定はされませ
んが、左右のイデオロギーを排して、太平洋戦争の経緯について淡々と記した良書としては以下をお勧めいたします。

太平洋戦争〈上〉 (中公新書)
児島襄
中央公論新社
2014-07-11


太平洋戦争〈下〉 (中公新書)
児島襄
中央公論新社
2014-07-11