旅行やお仕事でフィリピンに行かれた際に、太平洋戦争関連の話題やスポットを訪れた際の参考になればと思い、歴史考察に関する記事を書かせて頂きます。

苦悩するマニュエル・ケソン大統領

1941年1月~1942年1月にかけ、バターン半島とコレヒドール島の米比軍が日本軍との戦闘で圧倒的に不利な状況を強いられる中、マニュエル・ケソン大統領やフィリピン人たちの心も揺れ動いていきます。マッカーサーと長年の深い親交がある一方で、当初は国民を見捨てる形でのマニラからコレヒドール島への移住に難色を示していたケソン。マッカーサーたち米軍司令部や閣僚たちの説得で移住を了解したものの、米比軍にとって圧倒的に不利な長期戦が続き、アメリカ本土からの援助も援軍も得られない状況が続く中で、これまでの反日姿勢を続けることに疑問と躊躇を抱くようになり、フィリピンの中立化と早期の独立を米政府に要求するようになります。この要求は当然ながらルーズベルト大統領や米国首脳たちの激しい怒りを買い、拒絶されるわけですが、この時のケソンの心情は袋小路に陥っていた当時のフィリピンの人たちの心情を代弁しているとも言えるでしょう。

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反日姿勢を続けることに苦悩し、「フィリピンの戦争終結と日米両国によるフィリピン中立化の承認」を読み上げている時のケソン大統領(現在のコレヒドール島のマリンタ・トンネルの記録映像を撮影したもの)。

エミリオ・アギナルド将軍の反米・反マッカーサー放送

特にケソンを苛立たせたのは、ケソンの政敵であるエミリオ・アギナルド将軍(後のフィリピン共和国の初代大統領)による反米・反マッカーサーの放送でした。親日的主張を掲げ、マッカーサーに即時降伏を要求するアギナルドの放送は、フィリピンの非インテリ層に少なからぬ影響を与え、コレヒドール島にいるケソンやコモンウェルスの閣僚たちを苦しい立場に追い込みました。

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反米・反マッカーサーの放送を繰り返す、ケソンの政敵であるエミリオ・アギナルド将軍(現在のコレヒドール島のマリンタ・トンネルの記録映像を撮影したもの)。

日本軍政下による傀儡政権の成立

さらには、日本軍からマニラ市長に新たに任命されたホルヘ・ヴァルガスを中心とする日本の傀儡政府が1942年1月7日以降に発足したことが、ケソンたちをより一層苦しい立場に追い込んでいきます。

やがて訪れるコレヒドール島とバターン半島の陥落

こうして米比軍が圧倒的に不利な戦闘を強いられ、ケソン大統領やフィリピン人の苦悩も深まる中、コレヒドール島もバターン半島も、やがては陥落を迎えることになります。

参考文献

マッカーサーとフィリピンの深い関わりについては、以下の参考文献をお勧めいたします。


コレヒドール島やバターン半島の戦闘の詳細、オーストラリアに逃亡して以降の動向、日本のGHQ最高司令官としての取り組み、さらにはフィリピンの完全独立やケソン大統領の立場に理解と共感を示す一方で、必ずしも人格者とは言えず、自分の過失や責任を一切認めずに尽く他者に責任転嫁・自己弁護する頑迷な性格など、マッカーサーの人物像についてもかなり知ることができます。観光でコレヒドール島に行かれる方には、できれば同書を読まれてから観光されることをお勧めします。

フィリピンに限定はされませんが、特定のイデオロギーに偏らず、淡々と太平洋戦争全体の経緯を分かりやすくまとめた書籍としては、以下をお勧めいたします。

太平洋戦争〈上〉 (中公新書)
児島襄
中央公論新社
2014-07-11


太平洋戦争〈下〉 (中公新書)
児島襄
中央公論新社
2014-07-11