旅行記ではなく、旅行先で参考になればと思い、太平洋戦争の歴史考察の記事を書かせて頂きます。今回は真珠湾攻撃について。

真珠湾攻撃は日本が一方的に仕掛けたものであるにもかかわらず、太平洋戦争を仕掛けたのはアメリカと連合国で、日本は戦争を仕掛けられた被害者であるかのような言説が昨今は多く、非常に目に余るものがあります。一体何を根拠にそんな被害妄想的な理屈が蔓延るのでしょうか。

ルーズベルト陰謀論の嘘

反米的で被害妄想的な理屈に依存する多くの人が論拠にするのがこのルーズベルト陰謀論でしょう。要約すると「ルーズベルト大統領は日本の真珠湾奇襲を暗号解読によって察知していたが、対日戦争の好機ととらえ、現地指揮官に知らせなかった」、というものです。まあ100歩譲ってそれが事実だったと全くの仮定をしても、戦争を仕掛けたのが日本側であることに変わりはないのですが。

それはともかく、ではこの陰謀論の真偽はどうなのか。確かに開戦前からアメリカが日本の暗号を随時解読していたのは事実で、その情報を知っていたのは大統領をはじめ、閣僚や軍の一部高官など、10人前後の人間だけです。しかし日本の暗号は外務省・陸軍・海軍と出所は別々で、アメリカが真珠湾奇襲前の1941年11月~12月時点で解読していたのは主に外務省の暗号で、陸海軍の暗号は殆ど解読できていません。アメリカ時間の12月6日に解読した日本側からの最後通牒とも言える暗号でも、戦争を意味することだけは想定できても、その最後通牒でも奇襲する場所についても全く特定できず、タイ、フィリピン、マレーといった南方地域への奇襲が想定され、真珠湾への奇襲は全く想定されておらず、アメリカにとってまさに青天の霹靂だったわけです。

日本大使館からの正式な最後通牒の提出の遅れ

アメリカ側が日本のこの暗号を解読していた時期、日本大使館の仕事は非常に遅く、コーデル・ハル国務長官に国交断交の覚書を手渡したのは、真珠湾空爆の真最中でした。ハル国務長官は激怒し、覚書を手渡した日本の野村・栗栖両大使に椅子すら勧めなかったほどですが、こうして攻撃前に国交断交を通告し、宣戦布告するという国際法上の手続きが事実上無視され、アメリカの領土が直接、卑怯な無警告で攻撃されたことになります。

真珠湾攻撃のアメリカ側死者数は米西戦争と第一次大戦のアメリカ人死者数の合計の3倍

その結果、アメリカ側の死者は約2400名、負傷者は約1600名という、被害は米国市場空前のものとなりました。これらの中には、それぞれ死者約70名、負傷者約280名の、一般市民の死傷者も含まれています。こんなことになれば、その後1世紀に渡ってアメリカ側に禍根を残し、「リメンバー・パールハーバー」となってしまうのも、無理からぬものがあります。

アメリカの恩恵を受けながらアメリカを非難する滑稽さ

日本は政治的にも経済的にもアメリカから多大な恩恵を受けています。国際社会で日本が生き残っているのは間違いなくアメリカのおかげでしょう。にもかかわらず、アメリカなしには生きられないのに反米を叫ぶのは極めて滑稽なものがあります。もちろんアメリカのやり方には色々問題もありますが、だからと言って何でもかんでもアメリカに責任転嫁して非難するのはいかがなものでしょうか。他国のせいにせずにまず自国を顧みることは絶対に必要だと思います。

参考文献

今回の記事内容(真珠湾攻撃)の詳細についてさらに知りたい方には、下記の参考文献をお勧めいたします。

太平洋戦争〈上〉 (中公新書)
児島襄
中央公論新社
2014-07-11


太平洋戦争〈下〉 (中公新書)
児島襄
中央公論新社
2014-07-11


現代史の争点 (文春文庫)
秦 郁彦
文藝春秋
2001-08




いずれの文献も左右のイデオロギーを排して丹念に一次資料から史実だけを積み重ねた内容で、歴史研究とはかくあるべき、こういう議論をしましょうというお手本のような内容なので、是非一読をお勧めいたします。