クウェートのアルクレインハウス戦争博物館から湾岸戦争当時の破壊の爪痕と現在の平和を読み解く

こんにちは。今日も私の記事を訪問してくださりありがとうございます。

 

クウェートという国名を聞いて多くの方々にまず思い浮かべられるのが、湾岸戦争だと思います。アメリカ主導の多国籍軍のイラクへの空爆により、10万人を超えるイラク人の犠牲を出して終結した湾岸戦争。イラク人の犠牲者の多さから、湾岸戦争は往々にして、アメリカと多国籍軍が加害者、イラクが被害者のような構図に捉えられがちです。

 

しかし、そもそも湾岸戦争の発端は、イラクがクウェートに侵略し、クウェートを自国の19番目の州に併合するという暴挙から始まったものです。アメリカや多国籍軍が非難されるならば、イラクがクウェートに対して行った暴挙も同様に非難されるべきものでしょう。クウェートの侵略により、5000人を超えるクウェート人を殺害し、40万人を超えるクウェート人から祖国から追いやったイラクは、紛れもなく加害者だからです。

 

というわけで今回は、クウェートのアルクレインハウス博物館の姿に基づき、湾岸戦争当時にイラク軍の侵略によってクウェートに刻まれた、破壊の爪痕についての記事を書かせて頂きます。

 

 

イラク軍とクウェート抵抗団の戦闘の舞台

 

アルクレインハウスでイラク軍とクウェート抵抗団との戦闘が起きたのは、1991年2月24日。ルマイラ油田の奪取の欲望に取り憑かれていたサダム・フセイン政権下のイラク軍に侵略され、スターリン型の恐怖政治で占領支配されてから約半年後になります。

 

この日、19人のクウェート人がイラク軍への反撃についてこの家で計画を練っていましたが、イラク軍に不運にも嗅ぎ付けられ、10時間に渡って両者の間で戦闘になり、敗北後、クウェート抵抗団員の内12人がイラク軍に殺害され、7人が逮捕される結果となりました。

 

 

戦闘の舞台から戦後は戦争博物館となったアルクレインハウス

 

それから26年後の現在、アルクレインハウスはクウェートを代表する戦争博物館となりました。湾岸戦争が終結し、イラク軍が撤退した現在も、アルクレインハウスには当時の戦闘の破壊の爪痕が顕著に残されています。

 

 

現在のクウェートは平和そのもので、当時の戦争の跡は殆ど見られませんが、この博物館は当時の戦争の爪痕を伝える数少ない建物の1つです。

 

 

博物館横に残るクウェート侵略時のイラク軍の戦車

 

博物館の横には、クウェート侵略時及びアルクレインハウスでの戦闘時に使われた、イラク軍の戦車が1台だけポツンと残されています。

 

仲間の戦車たちは既にイラクに帰還した後なので、1台だけ残されてどことなく寂しげな雰囲気です。もっとも、戦争とテロが延々続くイラクに戻るよりも、平和なクウェートにこのまま残った方がこの戦車のためには良い気がしますが。

 

 

戦闘で爆発炎上し弾痕だらけとなった車たちの展示

 

博物館の建物の傍には、戦闘で爆発炎上し、弾痕だらけとなった車も展示されています。

 

先ほどのイラク軍の戦車の無傷で健康的な外観とは対照的に、痛々しさが如実に伝わってきます。

 

 

米国主導の多国籍軍に呼応するかのようなタイミングで起きた戦闘

 

アルクレインハウスでのイラク軍とクウェート抵抗団による戦闘は、1991年2月という、まさに湾岸戦争の真っ只中、国連によるイラクへの非難決議と経済制裁が発動した後、米国主導の多国籍軍がイラクへの攻撃を開始した動きに呼応するかのようなタイミングで行われました。

 

クウェート抵抗団と多国籍軍が連携していたのかどうか、連携する意志があったのかどうかは全く分かりませんが、多国籍軍によるイラク攻撃が、クウェート抵抗団の人たちに励みになったことだけは間違いありません。

 

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アルクレインハウスの外壁に残る戦闘の爪痕

 

そんなタイミングで起きたせいもあるのでしょうか、アルクレインハウスの外壁の痛々しさは、戦闘の爪痕の大きさを物語っています。

 

 

 

これだけの爪痕が残りながらも建物自体は崩壊せず、博物館兼管理者の住居として20年以上機能しているのはまさに感嘆すべきことと言えます。

 

 

アルクレインハウス内部にも無数に残る弾痕や爆発の跡

 

外壁だけでなく、アルクレインハウスの内部にもあちこちに弾痕や爆発の跡が残されています。

 

 

 

 

 

無数の弾痕の傍には、抵抗団に参加していたメンバーの肖像画も掲げられています。

 

 

戦闘時の銃火器や湾岸戦争当時の写真の展示

 

博物館内には、両者の戦闘で使われた銃火器や、湾岸戦争当時の写真も展示されています。

 

 

上の写真は、クウェートの油田や政府官庁の建物がイラク共和国防衛隊に攻撃された当時のものです。

 

現在のクウェートでは首都のクウェートシティを含め、湾岸戦争から既に30年近い年月が経ったために経済復興が進み、戦争の面影は全く見られません。この博物館は、湾岸戦争当時のクウェートの面影を思い出すための展示と言えます。

 

 

平和になったクウェートの現在を象徴する新しいモスク

 

博物館の隣には、比較的新しいモスクが建てられています。

サダム・フセインとイラク軍がいなくなり、クウェートが平和になってくれてよかった。この博物館ではそれをひしひしと感じましたが、この新しいモスクは、そんなクウェートの平和の今を象徴するかのようです。

 

 

イラクによる侵略が終わり平和になったアルクレインの街並み

 

そしてこの博物館とモスクの周囲には、アルクレインの街並みが広がっています。

 

クウェートシティと違って規模こそ小さく、近代的な建物は殆どなくて、閑散としてはいるものの、イラクによる侵略が終わり、アルクレインが間違いなく平和な街に戻ったことが見て取れます。

 

 

サダム・フセインとイラク軍が消えて平和に戻ったクウェート

 

イラク軍の侵略当時、上記の抵抗団員や一般市民を含む約4200人のクウェート人が戦闘の犠牲となり、サダム・フセインが導入したその後のスターリン型の恐怖政治で、さらに少なくとも1000人以上のクウェート人が拷問され処刑されました。同時に、国民の約2人に1人にあたる約40万人のクウェート人が祖国を追われ、残留した人々も暴力と飢餓に見舞われました。

 

それはやがてイラクに対する国連の非難決議と経済制裁、さらには国連決議に基づく米国主導の多国籍軍によるイラクへの攻撃につながり、湾岸戦争に敗北したイラク軍はクウェートから完全撤退します。

 

それから約26年後の現在、サダム・フセインもイラク軍もいなくなったクウェートは、すっかり再び平和で豊かな湾岸アラブの先進国に戻りました。

 

 

恐怖政治にも無差別テロにも無縁の平和で穏健な国クウェート

 

クウェートの魅力は、近代化と伝統文化がうまく混在していること、サダム・フセインやカダフィのような強圧的な独裁政権にも、アルカイダやイスラム国のような無差別テロリストたちにも、どちらにも汚染されていない平和で穏健な国であることで、この魅力はこれから是非クウェートに保ち続けてほしいものです。

 

アルクレインハウスは湾岸戦争当時の破壊の爪痕が残る一方で、平和になったクウェートの今を象徴する博物館でもあるので、クウェート滞在時には是非一度は訪れてみてください。

 

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アルクレインハウス戦争博物館の各種情報

 

入場料

 

無料。ただし辺鄙な場所にあり、クウェートシティからのアクセスにはタクシーが欠かせないため、往復でKD25~30のタクシー代が必要になります。

 

 

開園時間

 

月曜日~木曜日および土曜日は8時~12時、16時~20時。
金曜日は16時~20時。
日曜日は休館。

 

 

アクセス

 

クウェートシティからタクシーで大体20~30分ほどかかります。クウェートを代表する戦争博物館であるにもかかわらず、タクシー運転手もこの場所を知らないことが多く、アルクレインや周囲の街の人に道を訊きながら戦争博物館まで行くことが多いため、到着時間は運転手の力量次第になります。タクシー代は往復でKD15~20程度。

 

アルクレインハウス博物館は極めて辺鄙な場所にあり、帰りのタクシーは簡単には見つけられないので、タクシーの運転手にはメーターを待機中の間は一時停止してもらった上で、博物館前で待機してもらっていることをお勧めします。

 

なお、クウェートシティからバスで行く方法もあり、その場合はクウェートシティ中心部からフィンタスもしくはファアヒール方面のバスに乗車し、運転手に行き先を告げてアルクレインの住宅街で降ろしてもらうことになります。しかしアルクレインの住宅街から博物館までは結局タクシーを使うことになるので、予算に余裕があるようでしたら、クウェートシティから直接タクシーで往復する方が無難です。

 

 

周辺地図

 

 

 

(参考に)クウェートの各種情報

 

航空券

 

日本からの直行便はありません。東京(羽田or成田)からだとアブダビ、ドバイ、ドーハ、イスタンブール等の経由便があり、乗継地までは約12時間、そこからクウェートまで1~2時間程度の移動となるため、乗継の待ち時間を含めて約20時間かかります。

航空会社はカタール航空、エミレーツ航空、エティハド航空、ターキッシュエアラインズなど。

 

航空運賃は12万円~14万円が目安ですが、GW休暇や盆休みなどの連休や、航空会社の時間帯によって航空運賃が18万円近くまで跳ね上がることもあるのでご注意。

 

詳しくは、HISやスカイチケット、エクスペディアなどで航空券の検索を。
海外旅行はエイチ・アイ・エス

海外格安航空券を探すなら スカイチケット!

【航空券+ホテル】海外旅行エクスペディア★パッケージツアー

 

 

空港でのビザ取得

 

3か月間有効の滞在ビザが、入国時に空港で取得できます。費用はKD3。クレジットカードでの支払いはできません。到着ロビーのカウンター付近の銀行でKDに両替した後、申請用紙に名前などの必要事項を記入します。

 

ビザ取得用の印紙を自身で自販機で購入し、すぐ傍にあるコピー機でパスポートの顔写真入りのページをコピーして、必要事項を記入した申請用紙およびパスポートの原本と共に、カウンターに提出してビザを取得します。申請時には、パスポートに見開き2ページ以上余白が残っていることが必要になります。

 

なお、KDの現金がなければ自販機で印紙を購入できないため、入国時にはカウンターのすぐ近くにある空港銀行で両替してもらう必要があります。その際の注意事項については、本ページ下部の「クウェート滞在時の諸注意」に関する関連記事をご参照ください。

 

 

言語

 

公用語はアラビア語ですが、英語の通用度は非常に高く、バスやタクシー、レストラン、博物館でも普通に英語が通じます。交通標識や案内掲示板などにもアラビア語と英語が必ず併記されているため、英語が話せれば不自由に感じることはありません。

 

 

通貨

 

通貨単位はクウェート・ディナールとフィルス。現地表記はKDおよびFils。KD1が1000Filsおよび約370円程度に相当します。

 

 

時差

 

日本よりマイナス6時間。

 

 

宿泊施設

 

クウェートにはゲストハウスやエコノミーホテルのように安価な宿泊施設はありません。宿泊施設はビジネスホテルのレベルのものからで、最低でも7000円/泊はかかります。

 

その一方で、物価が高いクウェートシティ中心部でも10000円/泊未満で宿泊できるビジネスホテルは多数あり、そこそこ設備も整っていて周囲の騒音もさほどないため、わざわざ高級ホテルに宿泊する必要はありません。

 

ホテルの条件(Wi-Fi、冷蔵庫、エアコン、目的地へのアクセス、朝食の有無等)をよくご確認ください。特に、クウェートは常夏の国で、冬でも最低温度が25℃にはなるため、エアコンと冷蔵庫は必須と言えます。観光地としての知名度があまり高くない国なので、夏季や冬季の長期休暇でもそれ以外の日程でも、宿泊費はそれほど大きくは変わりません。

 

詳しくはエクスペディアやBooking.com、トリップアドバイザー等で検索を。
リアルタイム空室確認が分かりやすい!エクスペディアの海外ホテル
海外ホテル検索、Booking.com
TripAdvisor (トリップアドバイザー)

 

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