太平洋戦争の激戦地だったコレヒドール島の米軍の大砲と司令部跡から読み解くアメリカとの関わりの長さと深さ

こんにちは。今日も私の記事を訪問してくださりありがとうございます。今回は太平洋戦争の激戦地だったコレヒドール島に残された多数の米軍関連の大砲や司令部跡の光景から、フィリピンやコレヒドール島とアメリカの歴史的な関わりの長さと深さについて、読み解く記事を書かせて頂きます。

 

 

米西戦争によりアメリカ領土となったコレヒドール島

 

スペインによる植民地時代から海賊の侵入を防ぐための海上の税関や検問所としての役割を担うなど、戦略的に重要な役割を担っていたコレヒドール島ですが、米西戦争によってスペインがアメリカに敗北した後は、コレヒドール島もフィリピンの他の島々同様、アメリカの領土となりました。

 

 

太平洋戦争とともに設置数が激増した大砲

 

1941年12月、太平洋戦争が始まり、日本は真珠湾攻撃と同時にフィリピンや他の東南アジア諸国への侵略を開始しますが、それ以前からコレヒドール島はアメリカにとって戦略的に重要な拠点でした。そして太平洋戦争の開戦に伴い、島内にはさらに多数の大砲が設置されることになりました。

 

現在もコレヒドール島内には、太平洋戦争の前後の時代に築かれた米軍の大砲(高射砲)が多数残されています。

 

 

 

 

緑色の塗装が施されており、なおかつかなり大型のものが多く、日本平和庭園に設置された日本軍の大砲群とは、大きさも塗装色もかなり異なっています。

 

 

米軍の発電建屋と地下壕跡

 

この大砲群の付近には、島全体の要塞化の一環として米軍が整備していた、発電建屋や地下壕の跡が残されています。

 

 

 

いずれも廃墟となっており、稼働していた当時の面影は全く残されていません。

 

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日本軍の零戦の墜落跡も

 

発電建屋や地下壕跡の付近には、日本の零戦が撃墜され墜落した跡もあります。

 

 


とはいえ、米軍が所有する高射砲の性能では、日本軍の戦闘機を撃墜させるのは容易ではなく、このように撃墜されるケースは極めてまれでした。

 

 

米軍司令部跡

 

島内の比較的中心部の標高の高い別の場所には、当時の米軍司令部の跡もあります。

 

 

 

 

司令部の建物の外観は日本軍の空爆によって原型を留めていませんが、建物の土台部分だけはまだしっかりと残されています。

 

 

米軍司令部跡にも設置された大砲

 

この米軍司令部跡にも当時の大砲が残されています。

 

 

司令部にある大砲も、やはり日本軍の大砲とは明らかにタイプが異なります。大型で威力はありそうな反面、移送や取り扱いは日本軍の大砲に比べて明らかに難しそうです。

 

 

遺産や展示から窺い知れるアメリカとの歴史的な関わりの長さと深さ

 

こうした大砲や司令部跡の写真などを見ると、とかく軍事要塞島としての側面が強くなりがちですが、この島にはかつて、スペイン植民地時代から数百人の住む村があり、アメリカ支配になっても確かに小規模とはいえコミュニティが存在していました。

 

島内に設置された数々の大砲や司令官跡、さらには太平洋戦争記念館にある米軍関連の展示からは、当時のコミュニティの光景や、フィリピンやコレヒドール島とアメリカとの歴史的な関わりの長さと深さを窺い知ることができます。

 

 

島民たちのコミュニティが日本軍に破壊されたコレヒドール島

 

しかしかつてのコミュニティは、日本軍の侵略と空爆によって徹底的に破壊されてしまい、現在はもう当時の街並みは全くなく、破壊された数々の建物の跡だけが残されています。

 

終戦後にフィリピンの人たちが日本軍の兵士たちに抱いた激しい憎悪は、決して理由のないものではありません。にもかかわらず、寛大な赦しと和解によって戦後の日本を再出発させてくれたフィリピンや東南アジアの人たちに感謝し、日本軍がフィリピンやコレヒドール島の街を破壊した過去を、心に留めておくべき必要があると思います。

 

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コレヒドール島の各種情報

 

アクセス

 

メトロ・マニラのSMモール・オブ・アジアのすぐ傍にあるフェリー・ターミナルからサン・クルーズ社のフェリーに乗って40分~50分ほどかけてコレヒドール島まで移動します。2年ほど前までとはフェリー・ターミナルの場所が変わっているので(地球の歩き方の2015年版に掲載されているターミナルの場所は古い)、くれぐれもご注意ください。

 

 

サン・クルーズ社のツアー予約

 

島内見学はツアーのみであり、サン・クルーズ社のチケット売り場で希望のツアーを申し込みます。ツアー料金には往復のフェリー代や島での昼食代も含まれており、週末の日帰りトラムツアーであれば1人当たり2,749フィリピン・ペソ(平日なら2,550ペソ)、日帰り徒歩ツアーであれば1人当たり1,800ペソになります。なお、マリンタ・トンネル内の見学には別料金で200ペソ必要になりますので、ご注意ください。

 

島内は意外に広く、徒歩で回ると時間的に結構厳しいので、トラムツアーをお勧めいたします。他にも島内宿泊ツアー、ロッククライミングツアー、ハイキングツアーなど、いくつかのツアーがあるので、ご希望に沿ったツアーを申し込んで頂ければと思います。

 

詳しくはサン・クルーズ社のホームページをご覧ください。なお、サイクリング・ツアーもありますが、島内で自転車はレンタルされていないので、マニラ市からフェリーで忘れずに自転車を持参するようにしてください。

 

 

日本で不安のない事前予約をされるならベルトラのツアーで

 

現地に渡航してからサン・クルーズ社などのローカル会社のツアーに申し込む方法もありますが、予め日本で現地発ツアーに申し込んでおくと、ツアーによっては集合場所がSMモール・オブ・アジアよりも分かりやすい場所だったり、ホテルへの送迎がありますし、何より日本語で申し込んで日本語のツアーに参加できるので、とても安心感があります。下記リンクよりご検索・ご予約ください。
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ベルトラの現地オプショナルツアーのメリットとデメリットに関しましては、ブログ内の下記の別記事をご参照ください。

 

 

周辺地図(SM・モール・オブ・アジアとフェリー乗り場)

 

 

 

周辺地図(コレヒドール島内)

 

 

 

(参考に)フィリピンの各種情報

 

航空券

 

東京(羽田or成田)~マニラまで直行便で約4~5時間。航空運賃は5万円~6万円。航空会社はフィリピン航空が殆どです。JALやANAの直行便もありますが、便数が少なく、航空運賃が最低1万円~2万円はフィリピン航空より高くなります。関空、福岡などからも直行便があります。

 

時間は直行便よりかかるものの、香港経由のキャセイパシフィック航空や、ソウル経由の大韓航空など、航空会社によってはフィリピン航空の直行便より5千円~1万円ほど安くなるものもあります。GW休暇や盆休みなどの連休には航空運賃が跳ね上がることもあるのでご注意。

 

詳しくは、HISやスカイチケット、エクスペディアなどで航空券の検索を。
海外旅行はエイチ・アイ・エス

海外格安航空券を探すなら スカイチケット!

【航空券+ホテル】海外旅行エクスペディア★パッケージツアー

 

 

ビザ

 

30日間以内の滞在であればビザは不要です。31日以上滞在する場合、59日間有効のツーリストビザを取得でき、1回目は29日まで、2回目以降は1か月ごとの延長申請が可能です。詳しくは在日フィリピン大使館などでご確認を。

 

 

言語

 

公用語は英語とタガログ語。フィリピンはアジアで一番英語の通用度が高い国です。100以上の民族から成る多民族国家なため、タガログ語も含めて全国で80前後の言語が使われています。

 

 

通貨

 

1フィリピノ・ペソが2~3円程度に相当。

 

 

時差

 

日本よりマイナス1時間。

 

 

宿泊施設

 

ドミトリー等を使えば1泊1000円~2000円代でも宿泊可能。ゲストハウスなどの低価格のホテルが1泊3000円~4000円、設備のそこそこ整った中級以上のホテルだと1泊最低4000円以上はかかります。

 

フィリピンは物価が安いため、安価な宿泊施設がマニラの中心部でも多数あります。

 

ホテルの条件(Wi-Fi、冷蔵庫、エアコン、目的地へのアクセス、朝食の有無等)をよくご確認ください。特に、フィリピンは常夏の国なので、エアコンと冷蔵庫は必須と言えます。夏季や冬季の長期休暇は宿泊費が高騰しがちなので、その点も併せてご留意ください。

 

詳しくはエクスペディアやBooking.com、トリップアドバイザー等で検索を。
リアルタイム空室確認が分かりやすい!エクスペディアの海外ホテル
海外ホテル検索、Booking.com
TripAdvisor (トリップアドバイザー)