おはようございます。前回に引き続き、台湾の嘉義について。今回は、日本の統治時代に開園されながらも、様々な時代の文化遺産を融合する、嘉義公園についての記事を書かせて頂きます。

嘉義公園が開園されたのは1911年。日本では対外的な存在感や国内での新時代に向けた運動が拡大する一方、戦時中の軍事独裁政権につながる暗い出来事も並行して起きていました。

他方、世界では反植民地運動や共産主義が勃興し始めていましたが、この年に中国では、辛亥革命が起こりました。そんな1911年に開園された公園であるせいか、嘉義公園の入口には、辛亥革命で清王朝を打倒し、中華民国誕生の立役者となった、孫文の銅像があります。

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孫文は、何かと対立の印象が強い中国と台湾の両方の国で国父として尊敬されている、非常に珍しい人物だと言えます。

最も、中台両国で尊敬されているとはいえ、辛亥革命時に建国されたのが国民党主導の中華民国だったこと、蒋介石と深いつながりがあったことなどから、国父としての存在感の大きさは完全に台湾に持っていかれた感があります。そのせいか、中国本土では魯迅が大きな尊敬を集めていますが。

世界史の中でも、孫文ほど評価が割れている人物も珍しい気がします。確かに孫文の三民主義、「天下をもって公と為す」という考え方は、辛亥革命や台湾の土台となるものです。しかし言葉とは裏腹に、孫文もまた独裁主義的で人民を見下していたと思われるような側面を持っていたことも事実で、皮肉なことに孫文亡き後も中華民国の天下も「公」のものとはならず、半世紀に渡って国民党の「私物」にされました。中国本土は今なお共産党の「私物」の状態が続いています。

また明治維新に深い感銘を持つ一方でソ連や共産主義にも傾倒するなど、明確に孫文の思想と言えるものを見出すのが難しく、悪く言えば場当たり的、良く言えば臨機応変な孫文のやり方が、孫文の評価を難しくしている最大要因のように思えます。最も、台湾が様々な時代の文化を融合して変遷させてきたのは、この孫文の臨機応変さにも一因があるのかもしれませんが。

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遥か高いところから人民を見下しているかのようにも見える孫文の銅像は、台北の蒋介石の銅像と何となくよく似ています。もしかしたら蒋介石の願望が反映されているのかもしれませんが、こういうあからさまに巨大な銅像は、却って孫文という偉人の価値を下げてしまうような気がしなくもありません。

この公園の魅力は、日本の統治時代に開園されたものでありながら、清の時代の文化遺産なども色々と残されていることです。

例えば以下の写真は、清の時代に、公園の開園よりも前に築かれた城壁の一部です。
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また、清の時代に設置された大砲も残されています。
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以下の写真は、清の時代に起きた大震災による犠牲者のための慰霊碑だそうです。
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震災で亡くなられた人たちのご冥福を心からお祈り申し上げます。

日本の統治時代の公園でありながら、ちゃんと中華式の東屋があり、かつ台湾の全土にある孔子廟も公園内にちゃんとあります。
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孔子廟の入口にあるドラゴンも、いかにも中華文化ならではといった感じで、言われない限りは、これが日本の統治時代にできた公園内にあるものだとは気付かない気がします。

こんな感じでこの公園には清の時代
の文化遺産が色々見られるのですが、日本の統治時代にできた公園なので、もちろん日本の時代の遺産もあります。
例えばこの蒸気機関車がそうですね。

かつて阿里山森林鉄道に使われていた蒸気機関車の1つです。
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また、この公園にある文化遺産の代表格が、かつての嘉義神社です。
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戦後、嘉義神社の本堂は、国民党政権によって忠烈祠に改築され、太平洋戦争や国共内戦で亡くなった多くの兵士が祀られていました。残念ながら本堂は1994年に火災で焼失してしまい、もう見ることはできないのですが、狛犬や手水舎、燈籠などは今でも残されています。
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また、本堂は焼失してしまったものの、社務所は残されており、嘉義史蹟資料館として活用されています。一般公開が解禁されたのは、2001年という比較的最近の時期です。
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非常にタイミングの悪いことに、訪れた日には改装工事が行われており、資料館内に入ることができませんでした。嘉義市の歴史に関して色々な資料を見ることができると期待していたので、とてもがっかりしたものでした。事前にスケジュールを調べておかないといけませんね。

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余談ですが、この嘉義神社は、KANOこと嘉義農林高校の野球部メンバーの1人である上松耕一選手(原住民のプユマ族の選手)が、奥さん(蔡昭昭さん、漢民族の女性)と結婚した場所でもあります。

奥さんは大地主家庭の令嬢だったので、原住民である上松選手との結婚には反対も多かったとか。彼らの新郎新婦の写真等も見てみたかったところですが、いずれにせよ資料館に入れなかったことはとても残念でした。また時期を改めてトライしたいと思います。
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さて、このかつての嘉義神社と並ぶこの公園内の代表格が、すぐ傍にある射日塔です。
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こちらも1998年という比較的最近の時期に建てられました。詳しい由来はよく分からないのですが、建物の姿は原住民の創世神話に基づいているとか。
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この射日塔は12階建てで、11階と12階から市内を一望できます。11階はカフェになっているので、ゆっくりコーヒーや紅茶を飲みながら嘉義市を展望するのも良いかと思います。

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射日塔から展望した嘉義市の光景です。もっと晴れた天気であればなお良かったと思うのですが。

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以前にKANOの記事で紹介したように、この射日塔からKANOの公園球場も一望できます。

こんな具合に、嘉義公園には様々な時代の文化遺産が色々あって、かつ射日塔からは景色を展望できるので、この公園は嘉義市の大きな見所の1つです。
もちろん、文化遺産や歴史とは無縁に、ただ憩いの場として訪れるのも良いかと思います。
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木々や池なども、日本庭園と比べても劣らない美しさです。単に自然に触れるだけでも充実した気分になれますし、嘉義市民の憩いの場になっているのも頷けます。

この嘉義公園のように、広さと自然が豊富な一方で、文化遺産も数多く抱えているような公園は、日本では少なくなってきたような気がします。
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台湾は日本から数時間の近さで、狭い国土に魅力的な見所がたくさんありますので、是非連休等を利用して台湾を訪れ、嘉義公園のような魅力的な場所を訪れてみてください。

まだまだ台湾には見所がたくさんあるので、連休があればその都度台湾を訪れ、見所について記事を書かせて頂こうと思います。またこれまでの台湾の記事は日本の統治時代の話が主眼となったので、それ以外の時代や文化(オランダ、明、清、国民党の時代)についてもいずれ書かせて頂ければと思います。