こんにちは。前回同様、台湾について。今回は高雄の市内中心部の風景を、主に日本の統治時代から続く文化遺産を中心としながら、最近の街並みの写真も掲載させて頂くような流れで記事を書かせて頂こうと思います。

日本の植民地支配下で台湾の近代化の土台が築かれ始めたのは1898年以降のことで、発展の効果は、それまで困窮状態にあった南部の方が大きかったとされています。そして高雄は南部の開発の主眼とされた都市でした。

日本が植民地支配に乗り出す前、高雄(当時の旧名では打狗)は500戸余りの家しかない、旗津と漁師部落を中心とする小さな港町でした。イギリスのダグラス商会が阿片を中心とする貿易をしていたので当時から小規模な港はあり、現在も旗津には英国領事館官邸が残されたりしていますが、北部の基隆と共に高雄でも大規模な港湾が増築・整備され、港湾都市として発展していく土台が高雄に築かれたのは、日本統治下の1908年以降です。

現在の高雄の港湾の風景は以下の写真のような感じです。
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日本統治時代に築かれた港湾都市の土台を元に、国民党の時代と民主化の時代にも更なる発展を遂げ、高雄は台湾第二の経済都市として相応しい規模と外観の港湾を誇っています。

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本島側に、高雄市最大の高さを誇る、高雄85ビルが見えます。海を挟んだこちら側が、かつては漁村だった旗津です。本島も旗津も、今では商業都市として相応しい光景へと変貌しています。

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この4枚の写真はいずれも、旗津の丘に頂上にある灯台の傍から撮影したものです。旗津には本島側からフェリーで5分~10分ほどで渡ることができます。

日本の統治時代、港湾の整備の他に、台南と高雄を縦貫する鉄道が開通し、北部の基隆と台北を縦貫する鉄道の開通とも並行して、鉄道の建設が急速に進みました。本島側の、現在の高雄駅のすぐ傍には、日本の統治時代に造られた古い駅舎が今も資料館(高雄願景館)として残されています。
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どことなく日本の城の天守閣のてっぺんだけを取り外して地上に置いたような建物です。いかにも日本の植民地時代に造られたという感じですね。

日本の統治下で初めて高雄の駅舎ができたのは1900年ですが、この駅舎はそれよりは新しく、1940年という、日本統治時代の末期に造られたものです。この駅舎の廃止後、建物を保存しておこうという声が高まり、2002年以降、総重量3500トンのこの駅舎をそのまま台車に乗せ、1日に6m、14日をかけて東南の方向へ82.6m移動させたとか。とてつもない労力だっただろうことは容易に想像できますが、そこまでしてでも駅舎を保存してくれた台湾の人たちに、心から感謝しないといけませんね。新駅舎に結合されて、駅の入口として再稼働されるという将来がとても楽しみです。

ちなみに、現在の高雄駅は以下のような感じです。
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当然ながら、日本の統治時代の駅舎よりは大分発展し、各他都市へのバスが発着するターミナルもある、台湾第二の経済都市に相応しい大規模な駅舎です。この2つの駅舎が結合されてさらに発展したらどんな新駅舎になるのか、想像するだけでも楽しいですね。

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駅前の大通り。車両や人の通行量はとても多く、近くには高級ホテルや高層ビルも立ち並び、かなり発展しています。

先の旗津や港湾と、駅を始めとする市内中心部の間には、愛河という運河が流れています。この愛河もまた、日本の統治時代に開拓された運河で、国民党の時代と民主化の時代にさらに整備され、現在では以下の写真のような美しい光景が見られます。
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近代的な超高層建築群と、木々や草花がうまく調和した美しい光景が見られる、高雄の代表的な観光スポットの1つです。

ライトアップされた夜景もまたとても綺麗です。
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まだ目の当たりにしたことはありませんが、季節によってはランタン祭りやドラゴンボートレースのようなイベントも開催されているとか。機会を改めて、いつかイベントをこの目で目撃し、日常とはまた違う愛河の光景を見てみたいものです。

この愛河のすぐ近くに、日本の統治時代に市役所だった建物があります。現在は高雄市立歴史博物館として活用されています。
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日本の統治時代の末期にあたる1938年から清水組によって建設が進められ、1939年に完工しました。日本の敗戦以降も、国民党政権の下で市庁舎として継続使用されていましたが、1992年の市庁舎移転に伴い、市立博物館となりました。台北にある台湾博物館と同様、西洋式のコロニアル風の建物です。

内部の光景は以下のような感じです。台北の台湾博物館と同様、外国産の大理石が豊富に使われています。
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台北にある台湾博物館のように、戦前と前後で一貫して博物館として利用されている建物は非常に稀ですが、この高雄市立歴史博物館のように、戦前に日本の統治下で造られた建物で、戦後は博物館に転用された建物は台湾全土にたくさんあります。

さて、ここまで日本の統治時代の文化遺産が話題の中心だったため、以下、民主化を迎えた時代に更なる発展を今なお続けている、近年の高雄の街並みの写真を掲載いたします。
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日中の街並みはこんな感じですが、高雄はむしろ夜になってからの方が活気があります。

夕方以降の光景は以下のような感じです。
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この辺は大通りの光景ですが、中国本土と同じく中華圏に属する台湾の高雄らしく、夕方以降は屋台が林立する通りもあります。以下、そんな屋台通りである、六合国際観光夜市の写真です。

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観光ガイドブックに載っているような高級料理店は、美味しくても値段が高いことが多いですが、この通りの屋台はいずれも庶民向けなので、値段が安い上に、食べ物が美味しくてかつ豊富にあります。漁業や港湾業が発展した高雄であるだけに、特に海鮮料理が安くてとても美味しいです。地元の人や台湾の一般庶民が圧倒的に多いですが、もちろん、日本や欧米の観光客も数多く見られます。

余談ですが、この六合国際観光夜市の最寄り駅であるMRTの美麗島駅の地下構内もまた、ライトアップされていてとても綺麗です。< br />PB220048

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美麗島の駅名は、1979年12月に国民党の独裁政権下で起きた、国際人権デーの記念集会が官憲に弾圧されて流血の事態になり、多くの集会指導者が政治犯収容所に投獄された、「美麗島事件」から名付けられたものです。このライトアップされた美しい地下鉄駅もまた、民主化後の更なる台湾と高雄の発展を象徴するかのようです。

近代化と発展が促進される一方で、伝統的な中華式寺院がきちんと残されているのも台湾ならではです。以下の写真は高雄駅から徒歩15分ほど、愛河のすぐ近くにある、道教の聖地である三鳳堂です。
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ライトアップされた光景や、祭りの装束を着た人たちが舞踊を営んでいたり焚火を上げていたりするのはいかにも伝統的な光景にも取れますが、多くの人たちが集まって賑わいと活気があるのは、むしろ高雄の近代化と経済発展のおかげかもしれません。

最後に、さらに余談ではありますが、高雄での旅の最終日に、猫たちに会うことができました。
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この猫、実に良い表情をしていると思いませんか?カメラ目線がとても良いです。

いずれも、先の六合国際観光夜市で出会った猫たちです。屋台を出している海鮮料理店に住み着いているせいか、どの猫もとても人懐こい。旅の最後に猫たちと出会うと、実に良い旅ができたと心から充実感が湧いてきます。台北も高雄も経済が発展し、かつ開放的になっていますが、そんな現在の高雄への旅の最終日に出会ったせいか、この猫たちが単に可愛いだけでなく、まるでこの街の守護者のように思えましたものでした。